ヨシ天尾(Yoshi Amao) - ラストサムライ
世界で通用する俳優としてやっていく。
ある時は、自身が運営するサムライグループの劇団長。 またある時は、イベントを仕切るユーモア溢れる司会者。 またまたある時は、映画やCMで世界的に活躍する俳優。 この人の波瀾万丈な人生は、 涙と笑い無しでは語れない! 話し始めて5秒で相手を虜にする強烈なキャラクター。 人の一万倍も濃い人生を送っていながら、 全く現状に納得せずに先を見据えている。 酸いも甘いも知り尽くしてるからこそ、 このサムライの言葉には味がある。 熱がある。 真実がある。
対談者:U-KING
所属していたNPO団体を通じて知り合う。一目見るだけで分かる程、体から発散しているオーラが半端ない。世界のサムライ、挑戦者の溜まり場に参戦してくれました!
6歳小学校一年で学年の番長を倒す
1987年毎日放送ラジオのレギュラー獲得
1989年ラジオ番組終了
2年間やって、100回目の放送が終わって
自分の中で一区切りついたんやろな。
まぁプロデューサーが厳しいせいもあって、
もうこれ以上は絞り出せない!って所まで
自分を追い込んでたからなあ。
ただこの経験があったから、本番の緊張感とか、
仕事としっかり向き合う姿勢とか
学ぶ事が出来たなー。
1998年日本のケーブル番組ホストへ
野望『世界で通用する俳優としてやっていきたい』
贈る言葉『一生懸命やってる限り、一切の無駄はないよ。』
<div class="live_q">― 今から挑戦しようとしてる若者に、贈りたい言葉を一言お願いします!</div>
まだわからないかもしれんけど、
全部繋がっていくもの。
なんで日本舞踊をやってるのかな。
なんで剣道やってたんかな。
って思う事は多々あった。
それが今ではサムライソードソウルっていう
団体設立・運営に立派に活かされてる。
俺はそのパフォーマンスを通じて
世界に日本文化を発信し続けてる。
なんかわからへんけど、
自分の目の前にもってこられるものは
一生懸命極めてやってみたらどうやと。
何か意味があるんやで。
ほんまに自分がチャレンジしたいって思うものには過去の経験が必ず糧になる。
そのくらいどん欲に、ええ事も悪い事も
つっかかっていったらええねん。
全部使えるから。
その位のエネルギーなかったら話にならんで。
省エネなんか考える奴は、ぶっ飛ばすぞ!(笑)
『暖かくて賑やかな家庭をもう一度築きたい。』
それが、911のテロがあって
そのテレビ会社が潰れて職を失ったんや。
この頃はきつかったなぁ。
嫁さんとも別れることになってもぉたし。
子供が一人おってんけど、
色んな事情で子供とも会えなくなった。
ちょっと前までは、マンハッタンのええとこの
マンションに住んでて、ドアマンがいて。
色んなとこから仕事の話が入ってきて
お金には全く困ってなくて。
それが急に全部ダメになった。
毎日シャワーあびながら、落ち込む日々やった。
ただ俺の場合、エネルギーがあり余ってるから
一番沈んでも、普通の人より全然元気やったし、
鬱っぽくなって食欲がなくなっても、
普通の人より全然食べとったから
全く回りの人には気づかれなかってんけどな笑。
そうやって迷ってた時に
後の嫁さんになる女性に出会ってん。
彼女がNYに転勤になるというから、
「ならば俺も」
と、新天地NYに行く事を即決した。
会社での出世の道を捨てて、
その日の内に退職届をかいた。
かっこええやろw
後日談
2016初インタビューから3年後
SSSで大きな変化があってん。
特に主要メンバー達にトラブル続出で、
ビザで強制送還になったり、
日本で手術して帰ってこれんくなったり、
あげくは、右腕として信頼してた奴が
トラブルを起こして
破門せざるを得なくなったり、
とにかく大変やった。
当時は、メンバーに任せて、
自分は一歩引いてやってたんやけど、
再び、舞台スクリプトを書くところから、
演出、振り付け、制作まで
昔のように完全に自分がまるまる
主導権を握ってやるようになった。
その一件があってからは、
ぐっと組織をしぼって、
ギャラもきっちり払うようにして
俳優も選別するようにしてから
舞台のレベルが高まったな。
ブレイクスルーがあったきっかけは、
エージェントから新しいヘッドショットの
要請があったことやった。
写真を見たエージェントが、
「よしは昔とかわらないなー」
「これいつの写真やねん?」
っていう反応が返ってきた。
とにかく一度会おうということで。
たまたま会う当日の朝に、
強面のおっさんの役のオーディションがあって
オールバックでバシッと髪型決めて
そのままエージェントにあったら、
全然そのほうがいいやんって。
よしは今まで年齢がわかりにくかったけど
白髪のアジア人でイケてる奴なんて滅多におらんから、
これはもっと売れるで!といわれて
がーんって衝撃が走った。
周りの反応もすごい良くて、
NBCのテレビシリーズにキャストされたり、
オーディション会場でキャスティング・ディレクター直々に
声をかけられたり、
何よりオーディションの数が増えた。
すごい良い風が吹いてる。
今まで自分が若く見られることに
強いこだわりがあってんけど、
するっと抜けていってん。
他にも英語で一時期スランプになってて、
たまたま本を読んでてハッとした。
・わからんときは、わかったふりせんと聞け。
・相手の目をみてはなせ。
・無言にならず、喋り続けろ。
そんな当たり前のことが
ぼんっと頭にはいってきた。
最近剣道も始めてん。
サムライの活動やってるけど、
剣道は、実は小学校の頃以来やってなくて笑。
けど剣道七段、居合免許皆伝、
殺陣もやるみたいな大先輩と
撮影をする機会があって、
「あなたの殺陣はうまいけどリアリティがない。
剣道をやらないかん」という指摘を受け、
改めて実力の底上げせなあかんって。
実はこの人には10年以上、同じことを言われ続けてて、
でも僕にもこだわりがあって
ずっと拒否し続けていて
剣道と殺陣は全く別物だ、的な。
こんな些細なことでも、
昔やったら迷ってたと思う。
色々とこの歳になって、
整理ができるようになってきて
自信がついてきた気がする。
助走期間26年ようやくトンネル抜けた。
アメリカのテレビレギュラー出演を増やして
ちょこちょこハリウッド映画にもでて
サムライソードソウルの活動も続けて
組織マネジメントもちゃんとやる。
よりビジョンが具体化したな。
この10年でアメリカのテレビ・映画業界で
バリバリ顔を知られる存在になり
続く20年はその勢いを借りてそのまま
スイスイと滑らかに楽しく生きる!笑
アメリカのエンターテイメント業界は世界一だ。
そこで勝ち抜いた勲章として
バラ色のシルバーエイジライフが待っている!
こんな日本人あり!?みたいな、
ロールモデルになっていきたい!
それをアメリカのエンターテイメント
ビジネス界で強めていけたら最高やな!
BIOGRAPHY
- 0歳赤子の頃からサムライ顔
- 6歳小学校一年で学年の番長を倒す
- 11歳町の剣道教室で飛び級昇進
- 15歳テニスで郡大会優勝、県大会3位
- 16歳高校体育の相撲で十人抜き
- 20歳日本舞踊藤間流で舞台デビュー
- 1986年コンピュータ会社入社
- 1987年毎日放送ラジオのレギュラー獲得
- 1989年ラジオ番組終了
- 1990年会社で全国トップセールス賞受賞
- 1990年会社を休職して一年の予定でNYへ
- 1991年会社を退社
- 1994年アメリカ俳優協会入会
- 1995年初の映画出演「スリーピーヘッズ」
- 1998年日本のケーブル番組ホストへ
- 1999年誠道空手黒帯取得
- 2000年バドワイザー・コマーシャル全米ヒット
- 2000年誠道空手大会組手優勝、型準優勝
- 2001年テロで仕事なくなる
- 2003年米TV「サムライ・スポーツマン」主演
- 2003年劇団サムライ・ソード・ソウル(SSS)結成
- 2004年NBC「レイトナイト・ウィズ・コナン・オブライエン」ゲスト出演
- 2009年ヨーロッパ向けゲームショー司会抜擢
- 2010年サムライ・ブート・キャンプ結成
- 2010年「世界を動かす100人の日本人」抜擢
- 2012年膝の大手術。
- 2013年SSS結成10周年公演制作&主演
- 2013年SSSで大波乱!
- 2014年激動の体制変更!
- 2016年自分の中でブレイクスルー、新しい可能性に目覚める。