海外挑戦者の溜まり場

[特集] 海外での壁っぷち体験はありますか?

もうダメだ、と弱音を吐きそうになったらここへ
金欠
起業したばかりの頃は 赤字で3ヶ月くらい1日1ドル生活。 安い中華や1ドルピザで なんとか生き抜いてました。 このままだと、 金が底をつくっていうプレッシャーが ハンパじゃなかったよ。笑 もっと読む
黒い不安
折れそうになることはないけど、 考えることはけっこうあるよ。 俺らみたいなアーティストは 常に黒い不安はあるよね。 特にミュージシャンって すごく抽象的なことやってると思うねん。 スポーツ選手と違って、 タイムが何秒縮まったとか、 目に見える絶対評価ないしな。 企業で働く人と違って、 年が経てばたつほど 給料上がるわけでもない。 逆に年いけばいくほど、 チャンス少ななって、 あせってくるんよ。 だから大事なのは 1年2年で スターになろうなんて 思わないことやろね。 これはガキの頃神戸で ある有名なJAZZミュージシャンに 言われたことやねんけど、 いまホントそう思うな。 根気いるよなぁ。 実力がある奴が 有名になるわけでもないから。 正直運もいんねん。 だからこそシンプルに 自分はやりたいからやってる! ってことを忘れちゃいかんよね。 もっと読む
金欠
起業後もすごい大変だったよ。 お金は飲食店で働きながら、 生活費と会社の運営費をまかなってたしね。 アメリカは自由な国である分、 自分のとった行動に対する 責任の重さが大きいから。 ちゃんと調べないと、 それだけリスクになっちゃう。 ほんといい意味でも悪い意味でも 自分次第な国だよね。w もっと読む
金欠
とにかくお金がなくてねぇ。 親にもお金を借りてたからね。 少しでも負担を減らそうって思って、 バイトならなんでもやったよ。 飲食業はもちろん ペンキ塗りの仕事や牧場で牛の金玉を切ったり ヌードモデルや男版のストリップまで、 ほんとなんでも! もっと読む
解雇
前の社長が金をポケットに入れて、それを追求したら首になってん。 日本とアメリカに会社があってんけど、 日本の従業員は知ってて従ってるだけやった。 アメリカで働いてる人は、曲がった事が嫌いで一歩もひかんかった。 そしたら、ある日いきなりアメリカで働いてた人全員首になった。グリーンカード(アメリカの市民権)申請も一歩手前までいってたのに、 手続き取り消しされてしまって、アメリカにおられんくなって 日本に帰らなあかんくなった。 目の前にでっかい壁が出来た気がして、 この時期はすごい落ちたなぁ。その後、またニューヨーク戻ってきましたけどね! もっと読む
学校
バルークはいい大学だけど めっちゃしんどかったですよ。 もう泣きそうでした。 課題とか一冊よんでこい! とかですからね。 もちろん英語の本。 そのとき夜8時から朝までバイトしてたんで そっから本読んで学校いくみたいな 生活してましたもん。 だからあんだけつらいことやれたから 今はつらいことなんて全くないし 自信がありますよ。 全然英語とか書けないし しゃべれなかったんだけど、 バルークで鍛えられたおかげで 英語は俄然成長しました。 もっと読む
混乱
こっちにきて3年目になるけど 2年間は苦しい時期だった。 はじめは収入がなくなるって こういうことかぁ、、って すごく不安が襲ってきたしね。 2 年半で体重15キロも減ったし。 でも最近はすごくいい感じ。 やっぱり自分が表現できるのは ファインアートだって思った。 自分が全部でる感じがする。 絵をかいてるときなんて 今までにない エモーショナルな感じになるよ。 日本にいるときはすごい平常心あった。 でもいまはすごい混乱してるよ。 でもその混乱がすげぇ好き! みんなそうだと思うんだけど 常に上を目指したいっていうか 挑戦していきたいって そういう気持ちがあるからね。 もっと読む
糖尿病を発病し、勝負をかけなあかんと決意

糖尿病を発病し、勝負をかけなあかんと決意

これあんまり公表してないんですけど、35の時に体調が悪いなと思ってたんです。で、病院で色々検査した結果、先生から「糖尿病で、悪い人の倍悪い」って言われたんです。年内に死ぬよって言われて、マジッすか?そんな悪いんですか?って。
糖尿病のすごく悪い人って、末端神経が死んで行くんですよ。目とか手先が使えなくなるとか。目が見えなくなって手が使えなくなったら、仕事になんねーじゃんってなりましたね。

その時、先生からは唯一の救いとして痩せることを提案されたんで、30キロ落として、インスリン注射もやって飲み薬もやって、1年かけて注射も薬もいらなくなったんです。でも糖尿病って治る病気じゃなくて、いつ悪くなるかわからないんですよね。数値は健常者のレベルにはなったんですけど、元の因子はずっと持ったままで、いつ悪くなるかもわからない。年内で死ぬって言われたのが35の年の4月だったから、残り8ヶ月しか余命がないってことでしょ。死の宣告を一回されてるわけです。
だから、今もいつ死んでもいいやっていう気持ちで生きてます。
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投獄
人間、窮地におちいるのはよい。 意外な方角に活路が見出せるからだ。 しかし、死地におちいればそれでおしまいだ。 だからおれは困ったの一言は吐かない。 もっと読む
金欠
住み込みでベビーシッターを させてくれる家がみつかって そこに住んでたときもありました。 でもその家庭がすごい荒れていて 毎晩夫婦喧嘩でお皿などが 飛び交うような環境で 大変だったので、 結局一人くらしすることに決 めたのですが、貯金をとにかく セーブしなければならないから、 毎日じゃがいも ばっかり食べていました。 ドイツって物価はけっこうやすくて 探せば超安売りのじゃがいもがその当時で 5キロ50円くらいで 買えたんです。 究極の極貧生活ですね。笑 ほんとに。 交通機関もなるべく使わなかったです。 ベルリンについて次の日に中古で 2000円くらいの自転車を購入して、 雨の日も、雪の日も、 氷点下20度の寒空の中も、 移動手段といったら その自転車のみです。 学校まで片道1時間以上の距離 だったけど自転車で通ってました。 そんな生活されてて体調を壊すことはなかったんですか? ある日、栄養失調からか 体調が悪くなって 街中で倒れたことがありました。 待ち行く人が親切心から 救急車を呼んでくれたんだけど、 痛いお腹を抱えながら必死に 「お金がないから乗れません」 って訴えてそのまま帰って もらったこともありましたよ。w もっと読む
異文化
空気も悪くて死人が多く出てるし、 気候もいつもマイナス。乾燥もひどい。 食も本当に安心なのかよくわからない。w 中国人スタッフとの労働観の違い、 社内政治、業界の常識の違いや 営業の仕方の違いなどなど 書き出せばきりがないけど、 これらを乗り越えて中国で ローカル企業から 発注貰えるようになったり、 モノを効率よく広め、 売れる方法を知れたら 多くの人に貢献できると思う。 今は誰もが出来る 経験じゃないと思うから、 壁は多いけど乗り越えたいね! もっと読む
無職
おれは落胆するよりも次の策を考えるほうの人間だ。 もっと読む
風呂
ガーナ時代NGOは都会とは離れた村での勤務で、斡旋してくれた住居もシャワーがなくていつもバケツに水入れてかぶってましたね。今ではバケツ一杯でちゃんと入浴できますよ! もっと読む
乞食
物乞いはするが、将来に望みはもって生きておる。一椀の望みで夢をうしなうようなやつを、乞食とはいうぞ もっと読む
強制退国
いきなりビザ発行してる団体から、 「あなたはルール違反したから、 10日以内にアメリカから出てください」 って英語でメールきて。 「ふざけんな、もう来月のヤンキース対マリナーズ戦のチケット買ってんだぞ」 って思って交渉しまくったけど、 ダメで。 まぁしゃないなって思って海行ってそこでボーッと考えた。 そしたらオーストラリア、アルゼンチン、 アフリカ、 世界一週とかいろんな道が見えてきて。 めっちゃわくわくしてきて、 とりあえず佐川急便かドカタで金ためて、 次はオーストラリアって決めた。 もっと読む
投獄
牢に入っては牢で出来ることをし、牢を出てはそこで出来ることをするだけだ。 もっと読む
セッション
もうビビりまくりましたね! なんでこんな思いせなあかんのって笑 でも楽器持って夜中1人で ジャズクラブ来ちゃったし、 っていうかNY来ちゃったし ここで逃げたらあかん!っておもって。 めっちゃ体でかい黒人や白人の中に入って、 何の曲演奏するかも聞き取れないし っていうか教えてもくれない時もよくある。 ほんで始まってから それにあわせるみたいな 睨まれるわ、でかい声でなんか 叫ばれてるけどわからへんし、 もちろん惨敗でした。 でもまぁ、 そんな結果よりも始めてだったんで そこに入って音出したってことで すごく満足感ありました。 そこからはもう毎日楽器持って 夜中マンハッタンまで出かけて惨敗して 精神ボロボロで朝帰ってくるって生活でした。笑 もっと読む
ビザ
ビザサポートを視野に入れて 雇ってくれる会社を探したよー。 でもやっぱりアメリカ人が ヒーヒー言いながら就活してる中で 就労ビザも無い日本人が 雇ってもらえるわけないよね。 ほんっとうに何十社も面接行って ことごとく断られたよ。 本当にこれで良いのか、 自分はニューヨークにいるべきではないのかって 色々迷走しながらも日本の家族や友達、 それまでの海外生活で知り合った かけがえの無い仲間達から 精神的サポートを受けてただひたすらに、 我武者らに動き回る毎日だった。 そうこうしてる内にお金も底をついちゃって、 日本食屋での夜のバイトを始めた。 その一方でビザのステータス維持の為に アートスクールにも通い始めて。 それと同時期にファッション系雑誌社での 雑用インターンも始めたから 本当に多忙だったよ。 毎日くったくたで、 極貧&平均睡眠時間3時間の究極生活だった。。。 もっと読む
野次
ステージでほかのコメディアンから 「長いぞ!」とか「引っ込め日本人!」 って言われることもある。 でも、それをギャグにして返す 強靱さがないとね。 これまで海外で日本のドラマや アニメは評価されてきたが、 コメディーでのヒットはなかった。 文化や言葉の壁に笑いで風穴をあける。 それが次なる目標。 もっと読む
テロ
911のテロがあって そのテレビ会社が潰れて職を失ったんや。 この頃はきつかったなぁ。 嫁さんとも別れることになってもぉたし。 子供が一人おってんけど、 色んな事情で子供とも会えなくなった。 ちょっと前までは、マンハッタンのええとこの マンションに住んでて、ドアマンがいて。 色んなとこから仕事の話が入ってきて お金には全く困ってなくて。 それが急に全部ダメになった。 毎日シャワーあびながら、落ち込む日々やった。 ただ俺の場合、エネルギーがあり余ってるから 一番沈んでも、普通の人より全然元気やったし、 鬱っぽくなって食欲がなくなっても、 普通の人より全然食べとったから 全く回りの人には気づかれなかってんけどな笑。 もっと読む
退学
ある日私も家族でプエルトリコに遊びにいってたことがあったんですけど、その間にI-20という学生ビザには絶対必要な書類を無効にされてしまって。 プエルトリコはアメリカからはパスポートなしでもいける国で、なんにもルール違反もしてないのに。 それで弁護士の方や周りの先生もすごく心配してくれて抗議もして くださったんですけどどうにもならなくて。 結局退学させられて日本に帰りました。 そのとき、ちょうどあるコンペに受かってたんです。 それで野外に展示することが決まっていて、 市の職員の方々とかと打ち合わせを始めていて。 本当だったら、2013年の夏に ハドソンリバーで野外展示できる予定だったんですけど 私が日本に帰ることになってできなくなっちゃったんです。 もっと読む
テロ
911のテロでずっと順調だった仕事が、 上手くいかなくなった時ですね。 誰もあの時期は飛行機に 乗りたがりませんでしたからね。 他の会社は結構リストラを 行っていましたが、私は今まで 貯めていた貯金を全額はたいて、 従業員の雇用を守りました。 もっと読む
ホームレス
家なくなりました。 最近ちょっとバスケについて考えてて。 試合に負けてもあんまりくやしくないっていうか、 前まで100%くやしかったのが 今じゃそれの60%くらいのくやしさしか 感じなくなって。 俺もうバスケ好きじゃなくなったのかなって。 それで一回家とか全部すてて バスケ24時間やってたら なんかわかるかなって思ったんです。 そしたらなんとかなくわかってきて。 もっと読む
金欠
めっちゃ倹約生活で服とか ほとんど買った記憶ないもん。 貯金を食いつぶす一方だから、 いつお金が底をつくかヒヤヒヤで精神的に良くなかったね。 お昼は1ドルのドーナツ2個!!とかw そんな生活してて2年ぶりに日本に戻ったときは 「めっちゃ痩せたけど大丈夫!?』って 会う人皆に言われたねw もっと読む
解雇
ニューヨーク来たばっかのときは 週7でクラブいってたんです。 (貯金も速攻尽きました笑) そしたらアジア人が経営してるクラブで、 そこはDJもアジア人が多くて、でも仕事もらえたとしても すぐ切られたりしましたけどね。 初めにもらった仕事も3ヶ月くらいで 「もう来なくていい」って言われましたし。 きついですねぇ。。 キツいですね。 正直ほんと泣く寸前まで 落ち込んだ事も何度かあります。 やっぱり最初はNYのシーンに なれるのに時間かかりましたし、 初めの方なんて、マネージャーから 「客が帰ったぞ。お前のせいや。」 とかめちゃめちゃ 言われましたし。 もっと読む
失恋
ずっと気になってた子がいて、 ある日その子が自分のこと 好きだっていってくれて。 イスラエル人の子なんですけど、 それがある女優にとても似てて。 ちょうど2007年のクリスマス前で、 年末をすごく楽しみに してたんですね。 夢のようだとw それがクリスマス直前に 彼女が元カレとよりを戻す ことになってふられて。 すっごいショックで。 クリスマスは一人で ヴイレッジの公園で へこんでたんです。 ヴィレッジってお金もちの人が 多いから旅に出てるのか、 クリスマスなのに人がほんといなくて、 さらに淋しい感じでした。 そしたらふとその彼女に似た女優、 よく見ると本人が 目の前を通りすぎたんです。 本物ですよ。 びっくりしちゃって、 声をかけようにもかけれなくて。 ちょうど彼女が出ている 映画のDVDもそのときもってて。 声をかければよかったって 後悔してたら、今度は犬を連れて 戻ってきたんです。 そこで話しかけたんです。 しかも失恋の痛手をも 励ましてくれました。 こんなことって本当にあるのか!? ってすごいびっくりした。 ニューヨークってすごいなって。 そこから突然、 街を歩く時の景色が 全く違って見えてきて。 ヴィレッジの風景に 色が入りはじめました。 そしたら以降も 彼女と出会うことがあって。 今度は向こうから 「今日も絵をかいてるのっ?」って、 話しかけてくれて。 一つ絵をあげたんです。 そしたら彼女がそのあと パパラッチに写真をとられたらしく、 そのマガジンにのってた彼女が、 僕の作品を片手にもってたっていう オチもありましたw もっと読む
差別
来た時は体調が悪くなるときも けっこうあったし、 台風で家が停電して 10日くらい家に帰れなかったり 台風に吹き飛ばされて電話ボックスに ぶつかったりしたこともありますw 芝居のことでいえば、 やっぱり白人社会っていうのを 見せつけられました。 主役ってなると 必ず金髪の白人が選ばれるし、 日本と文化が違うので 芝居がオーバーだったりしたし。 それで流されそうになることも 正直ありましたけど、 日本人だから 日本人の芝居でいいんだって 後で気付きましたけどね! もっと読む
子育て
子育ての時間と自分の時間との バランスが上手にとれなくて 悩んだこともありました。 若い頃から結婚して子どもが欲しいと 思っていたのですが、 たぶん実際の子育てというものについて 深く考えていなかったんだと思います。 今まではローススクールにしても、司法試験にしても、 自分で決めた目標を達成しながら、 思い描いたような自分でいられたんだと思います。 でもここに来て、家事と子育てだけの日々で、 今の自分に納得できない自分がいるというか、 なんとかして現状を変えなきゃいけない、そういう風に 思ったのも初めてだったので戸惑いました。 もっと読む
金欠
貯金もあと半年か3ヶ月で尽きるっていう状態になってしまいました。英語も話せるようになっていない、試験も受けていない状況でこのまま日本に帰っても、恥ずかしくて親にも友達にも会えない。日本にも帰れないし、このままではアメリカにもいられない。どうしよう…と追い込まれていたんです。 「こうなったらモデルしかない!今アメリカで生き残るための手段はモデルしかない!」そうやって追い込まれて、以前事務所回りの時に使っていたブックを引っ張り出して、多少上達した英語で面接を回りました。すると2週間くらいで意外とあっさり決まったんです。 もっと読む
マイクを持った瞬間に、150人いた客が全員引いていった

マイクを持った瞬間に、150人いた客が全員引いていった

はじめてブロンクスでイベントのレギュラーを掴んだ時は、ステージに上がって俺がマイクを持った瞬間に、150人いた客が全員引いていった。それでも最後まで歌いきったけど、本当に悔しかった。

その時のライブのメンバーたちは俺のことを舐めてかかってきてたんですよね。だから、そいつらに「見とけよ、絶対に見返してやるからな。アジア人を馬鹿にすんな、俺のことを舐めんなよ!」って思った。

その次のイベントにも出て、客が全員引いている中で言ったんすよ、「お前ら全員引くぐらいなら、ちゃんと見ろよ、聴けよ!」って。そしたら戻ってきたんすよね。だから、そこでへたって出ないとかじゃなくて、そういうことはやっぱり言わないといけない。
振り返っても、悔しいことだらけ、失敗だらけ。でも名前が売れている人は絶対そういう思いをしてきてる。 もっと読む