海外挑戦者の溜まり場

[特集] 今の仕事と出会ったきっかけは何ですか?

ピンときたら始めてみよう。人に意見を求めちゃいけない。黙って自分を信じて、頭じゃなくて体を動かそう。人生はノリの一歩で決まる!
 
なぜアーティストに?
絵を描く事や作曲すること、 とにかく「創る」ことが好きでした。 それが気がついたら「音楽」の道へ。 アーテイストになろうと 思ったことは一度もないです。 もっと読む
なぜ歌手に?
誕生日に母からもらった B’zとチャゲ&飛鳥のカセットテープを聞いて将来はミュージシャンになる事を決めたんだ。 小学校の卒業文集に ”将来はバンドを組んで世界中を飛びまわっている” と書いたよね。w もっと読む
なぜコメディアン?
やっぱりダンスは一人じゃできないし、 マジシャンは道具とかでお金がかかるしね。 と思って一人で何も使わずに できるもの何かなって考えたら、 アカペラ歌手かコメディアンしかなくて。 だから歌うまかったら 今頃アカペラ歌手になってたかも しれないよねw もっと読む
なぜストリートパフォーマンス?

なぜストリートパフォーマンス?

やっぱり夢をあきらめきれなくてね! とりあえず何か始めようと思って。 それでお金もかからず誰でも始められる、ストリートパフォーマンスを始めたのよ! それが東京サーカスの始まり。 もっと読む
なぜアーティスト?
元々絵を描く事は好きだったんですけど、 教育機関等での専門的な勉強は したことがありませんでした。 一度就職したあと 「何が本当にしたいのだろう」 と思うようになって、 何とかアートで生きて行きたいなあと 漠然に思ってもいました。 それで仕事をしながら アートのクラスへ週一回通う事になったんです。 もっと読む
なぜピザ屋?
幼稚園の頃の夢はたこ焼き屋さんと マクドナルドのフライドポテトを 吐くくらい食うことだったんだけどね。 でもちょうどその頃見た、 タートルズとETにPizzaが出てきたのが、 かなり今のPizza好きになる きっかけになったと思うよ。 視覚入りしたよね! 小学校の高学年では、 一人でドミノピザ注文して食べてたし、 レギュラークラフトにペパロニと イタリアンソーセージトッピング! これ以外は食わなかったね。w もっと読む
なぜ女優?

なぜ女優?

4歳からずっとバレエをやってたんです。 でも14歳の時に足が痛くなって スポーツトレーナーの人に見てもらったら 「このまま続けると将来びっこひいて 歩くようになる」って言われちゃって。 それでバレエができなくなってしまって、 すごいショックでした。 そこからしばらく やりたいことも見つからず、 完全にぶらぶらしてましたw そんな時にたまたま家に入っていた 演劇学校の広告を見てスクールに 通うことになったんです。 もっと読む
なぜモデル?
モデルだったら背が高くてやせていても美しい、綺麗ってなるし、女性の憧れや理想を表現する世界なので女性らしくいられる。背が高いことも活かせると思ったんです。 もっと読む
なぜペインター?
俺の仕事って デザイナーがデザインしたものを 3Dでみせる仕事だったんだよね。 やりがいはすごくあるんだけど、 予めデザインされたものを 3Dに書起す仕事だから、 自分の好きなものは創れない。 それでふとアーティストな部分が 磨かれてないような気がしてきて。 たしかにお金は稼いでるけど その分、体を酷使してたし。 そのとき顔が黄色くなってきてたからw 体重も増えてたし健康的でもなかった。 それからかな、 段々自分もデジタルというより アナログ、手書きの創造的な ことをもっとしたいって思いが 強くなってきたよね。 もっと読む
なぜ空間デザイナー?
高校生の時、唯一人から認めてもらえたのが、 学校祭の時のクラス展示だったんです。 教室の中をアミューズメントパークの アトラクションのように造り変えるんですけど、 毎年それを仕切らせてもらって、 三年連続、優勝を勝ち取る事が出来たんです。 この時言われた「向いてるよね」のひと言で、 空間デザインの道へ進むことを考えたんです。 もっと読む
なぜオペラ演出家?
実は私はシネテジアといって 音を聞くと自然に映像が 目の奥に浮かぶそんな感性を持っています。 学生の頃から、 自分が指揮者として リハーサルをしている時など、 「ここはこんなイメージで」と 絵画的な話をしても 「えっ?分かりません」と言われることが 多々あったんです。 どうして伝わらないのかが 逆に私には分からなかった。 普通の人は、 音楽を聴いても映像は見えないのだ、 ということが分かったとき、 じゃあどうしたら この私の脳裏に見える絵を 共有できるのか、 それを絶望的に考えていました。 オペラに出会ったときは、 「ああこれだ」と思いました。 自分が見える音楽の映像を こうやって舞台上に実際の映像として 表してしまえば良いのだ、 私がやりたかったことは これだと。 もっと読む
なぜバレエダンサー?
小さいころ学校の帰り道で 傘を間違ってもってかえったの。 でも日本って律儀だから、 わざわざ名前と電話番号書いて 挨拶しにいったりするじゃん。 そしたら傘の持ち主だった 年上の女の子と仲良くなって。 当時、私はピアノ彼女はバレエをやってて お互い誘い合ったのね、 ピアノやろうよ、バレエやろうよって。 そしたらいつのまにか、 私はピアノをやめて 彼女はバレエをやめてた。逆転。w 私はいまでもバレエ、 彼女は今でもピアノやってるんだよね。 おもしろいでしょ! もっと読む
なぜプロライダー?

なぜプロライダー?

プロライダーになりたいと 思ったことはないし、 自分がまさかプロライダーに なるなんて思ったこともないです。 基本やっぱり遊びなんで ただ楽しく自分のペースで乗ってました。 もっと読む
なぜガーナで幼稚園設立?

なぜガーナで幼稚園設立?

幼稚園つくるのにこっちでは 3000㌦くらいなんです。 だからとりあえず作ったことないけど なんとかホームページつくってみて、 それで募金をつのりました。 もっと読む
なぜ藩内クーデターを一人で?

なぜ藩内クーデターを一人で?

古くから天下のことを行う者は、 大義を本分とし、 決して他人に左右されることなく、 断固として志を貫く。 禍福や死生によって気持ちが 揺れ動いたりするものではない。 百万の大群、恐るるに足らず。 もっと読む
なぜ長崎で亀山社中(海援隊)を?

なぜ長崎で亀山社中(海援隊)を?

心を変えろ、心を。 日本を背負う気になってみろ。 その気になって背負えば、 日本などは軽いものだ。 いやそれがむしろ悲しい。 病み呆けた老婆よりも軽い。 日本を今一度せんたくいたし申候。 もっと読む
なぜモコモコ?
今まで絵を描くなかで、 うまい人もいっぱい見てきました。 絵で表現できることにも限界が あるなって感じるようになってましたし。 そんなときにモコモコに出会って。 もともと人にすごく近いもので 何かをつくりたいって思ってたんです。 それで考えてたら、布だって思って。 衣類とか常に近くにあるじゃないですか。 それである日クリスマスのときに ツリーの雪の綿を見て、 その綿を布で包んで創ってみたんです。 人のカタチをしてるものとか いろんなものを創ってみたら すごくかわいいのができて。 そこからです。w もっと読む
なぜNPO設立?
ニューヨークで サッカーしてるからだと思うけど、 サッカーボールの前では、 国境も人種も貧富も宗教も 関係ないし、ただサッカーに 夢中になってボールを追いかけてさ、 人と人が自然と繋がっていくんだよね。 そういうサッカーの可能性を 日々の生活を通して感じてい頃に、 自分のバックグラウンドを利用して、 世の中のために何ができないかな? て考え始めてて、自分に深く 問いただしていったら自然と NPOという方向に向かっていった。 サッカーの可能性や魅力をもっと 世の中に伝えていきたいって思いが一番強かった。 もっと読む
なぜミュージシャン?
幼い頃から、自分を表現するのがとても苦手で、『その想いを絵や音楽で表現したい。』と、常に考えていました。私の中には、ずっとアメリカに行きたいという思いがあったんです。私の音楽の原点はそこだから。 もっと読む
なぜDJ?

なぜDJ?

友達のお兄ちゃんがDJやってたんです。それであるときクラブに誘ってもらってそこでそのお兄ちゃんがDJやってるの見てめちゃくちゃかっこええなって思って。それが大きなきっかけですね。 もっと読む
なぜ女優?
幼稚園時代から女優になりたくて!世界の映画を観て、よく感動して泣いてた。私も人を感動させたいって思ったのがキッカケだよ。 もっと読む
なぜ旅行会社?
「アメリカで働く=旅行会社だと機会が多そう!」という理由で、旅行業界に就職を決めました。 僕が就職を決めた会社は、 ハワイにも支社を持っていたので、 勤めていたらハワイ勤務出来るんじゃないか と思い、その機会を伺っていました。 もっと読む
なぜ映画音楽?
ニールヤングが音楽を担当した ジム・ジャームッシュのデッドマンを見て 映画音楽に興味を持ちました。やっぱり映像だけじゃ 伝えきれないものがあって 映像と音楽が合わさって初めて 躍動感を伝えられることって あると思ってて。 たとえば悲しいシーンとか、 音楽があることでその感情が もっとわかりやすく伝わったり 音楽によって作品の印象が まったく変わってしまったりするじゃないですか、 だからやっぱり音楽って すごい大事だと思います。 もっと読む
なぜ不動産?
別に不動産じゃなくても よかったんだけどね。 たまたま不動産を始めて それがたまたまおもしろくて。 日本人が海外にくるきっかけも提供できて 自分がやりたいことにもつながってた。 もっと読む
なぜ弁護士?
昔からずっと弁護士を目指していたわけでは全然なくて、大学で法学部に入ってから考え始めました。どうせ学ぶならどんな仕事をするのにも役立つ法律がいいかなってそれくらいの理由ですよ! もっと読む
なぜバスケ?
小学校3年からっすね。 地元にDEAR BOYSっていう 漫画を書いた人がいて、 それでバスケ熱が強い地域だったんです。 もっと読む
なぜフォトグラファー?
フィリピンでの体験がきっかけかなぁ。 元々ミュージシャンで 小学校からギターを弾いていて、 音楽学校に入って本気でやってたんだけど、 21歳の時にたまたま友達経由で、 フィリピンでストリートチルドレンを 支援してるNGOのとこに行くっていう企画を聞いて、それに参加したんだよね。百聞は一見に如かずって本当によく言ったもので、 フィリピンの体験からいろいろ考えさせられたよ。 それで半年後くらいにアフガニスタンにも行った。 そこでたまたま一緒にまわった人がカメラマンの人で、 そこからカメラに興味をもったんだよね。 もっと読む
なぜメイクアップアーティスト?

なぜメイクアップアーティスト?

大学では絵を描いたり、 彫刻をやったり、溶接をやったりと いろいろな授業をとっていたんですけど、 ちょうどファッションフォトの クラスをとっていたときに 撮影をお手伝いする機会がありました。 そうしたらなぜか メイクアップアーティストの人が ドタキャンしたんです。 そこで、私がやってみようか、 と提案してみたら、 本当にやらせてもらえて。 そのとき自分でもいけるのでは? と思えるくらい上手にできて、 次からはメイクさんとして 呼ばれるようになったんです。 もっと読む
なぜ脚本家?
すごく小さいときから日本のラボという国際交流団体で、英語で芝居の遊びのような事をしてたんです。なので、英語で物語を伝える、別の登場人物になる、という活動は幼いときからずっとやってましたね。 もっと読む
なぜヘアメイクアップアーティスト?

なぜヘアメイクアップアーティスト?

やっぱり美容師をしていると お客さんがこういう髪にしてほしいって 雑誌をもってくるじゃないですか。 その写真っていうのは、 だいたいセレブとか有名人の写真で ヘアメイクアップアーティストの人が つくったヘアの写真なんです。 そういうのを見てると、 そっち側の仕事がしたいなと 思うようになりました。 もっと読む
なぜ弁護士?
父親が弁護士で、クライアントの方から 感謝されている姿を小さい頃から見ていました。 感謝される職業っていいなあって思って。 実際に去年、弁護士事務所で研修をして、 初めは顔が強ばっていた人も 弁護士さんに相談をして、だんだん表情が和らいで、 安心して帰っていくのを見て、 やはり、すごく素敵な仕事だなと思いました。 もっと読む
なぜ作曲家?
中学2年生の時に軽音楽部に入ってからです。そこでバンドを始めてギターとか弾いたりしてて、普通にロックとかをやってたんですよ。それですぐ曲とかも作るようになって、なんとなく将来は作曲家になるって思いましたね。 もっと読む
なぜモデルメイカー?
父親が彫刻家(石彫)だったんです。幼稚園の時に他界したんですけど、小さいころお父さんとよく庭で石削ってました。だからそれがフツーなんだと思ってたんです。他の家でも休みの日はそうやって遊んでるんだと思ってましたし(笑) 父の周りの人も皆画家とか彫刻家だったので、そうやって何かをつくって暮らしていくのが普通で、自分もそう生きるって。 もっと読む
なぜ独立?
DTPデザインの専門学校に行った時に会社員辞めて学生に戻った同級生がいて、そいつが、『会社員はつまらんかったから、ここでデザインの勉強して自分で会社やる』って言ってて、そこでそういう選択肢もあるんやなーって、初めて思って、おれも自分で会社やったら面白いだろうなーって。 もっと読む
先輩からHipHopやってみろよって言われて

先輩からHipHopやってみろよって言われて

俺は京都の西京区の出身なんすけど、隣の長岡京市っていうところの不良の頭と仲良くしてて、そいつがある日DJをやり始めたんすよ。で、その友達の先輩が今度イベントをするから、お前もHipHopやってみろよって言われて。

先輩から言われたことだから断りづらいじゃないっすか。それが最初のステージで30人くらいの小さい規模だったけど、ステージに上がると自分がその中心で一番になれた。そのスーパースターになったような感覚が自分には気持ちよくて興奮を覚えたんすよね。 もっと読む
仮面ノリダーのあのノリにハマった

仮面ノリダーのあのノリにハマった

13歳の時にとんねるずのやってる仮面ノリダーのあのノリにハマって、そこに出ていたショッカーになりたいと思ったのが最初のきっかけでした。そこで、興味があるからやってみたいと思って、そのショッカー役をやっていた倉田プロっていうスタントチームに会いに行きたいっておかんに相談したんです。そしたら、おかんに「中学だけはちゃんと出てね」って言われてしまいました。  もっと読む
軽いノリから独学で書画を始める

軽いノリから独学で書画を始める

もともと19から21歳まで飲食店をやっていたんですけど、その頃は若かったのでお金がなくて、看板とかメニューとかも自分で書いてたんです。そしたらお客さんに、こういうものを仕事にしてやってみたらどう?って言われて、単なる軽いノリで始めたんです。当時は書は書いてなくて、もともと絵を描くことが好きだったので絵から始めたんです。

いろんな画材を使って、イラスト的なものとか、お客さんの似顔絵なんかを描いてたんですけど、本当に素人レベルの絵の好きな人っていう感じでしたよ。で、これ好きだから仕事にしてやるわって言って店辞めて始めたんですけど、素人だから、いったいどうやって売ればいいのかもわからなかった。

まずはとりあえず、絵とかを飾ってそうなところに、作品を置いてくださいってお願いして回ってたんです。けど、全然素人レベルなのでどこにも相手されることなく。そうこうしてるうちに貯金も底をつき、家賃も払えなくなり。


どうしようかなと思ってた時に、その時住んでた広島に、東京から旅をしてきていて路上で絵とか字を描く人に出会ったんです。その人に、こういうのは路上でやりゃいいじゃんって言われて、そこから路上アーティストをやってみようかなって始めたわけです。
その当時はほとんどそういう人は世の中にいなかったんです。
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