海外挑戦者の溜まり場

[特集] どうして海外に出ようと思ったんですか?

どの環境にいるかでその人の人生は決まる。環境を変えることで初めて見えることがある。生まれる環境は平等じゃない。でもその後の環境は平等に誰でも変えられる。納得できるまで動き続けよう。
 
子供のときバックトゥザフューチャー見てこれだ!って思って。

子供のときバックトゥザフューチャー見てこれだ!って思って。

子供のときバックトゥザフューチャー見てこれだ!って思って。 ハリウッドに出たい!って。 それだけ。 だから大学もハリウッドに近い、 カリフォルニアの大学にしたし、 専攻も興味のあった映画制作とか ダンスとか映画関係のことを学んだよ! もっと読む
大学へいく理由がずっとみつからなかった

大学へいく理由がずっとみつからなかった

オレ理由がないと動けない性格だからさ。 大学へいく理由がずっとみつからなくて。 周りに聞いても 「将来のために行っておいたほうがいい」 って感じの理由が多くて どうしても納得できなかったんだよね。 そんな時アメリカおもしろそうだなって思って。それでかな! もっと読む
就活も辞めて、バケーション行こう!って

就活も辞めて、バケーション行こう!って

日本で就職活動もしてたんですけど、あまりしっくりこなかったんです。はじめは大企業の説明会に行ってみたんですけど、会社が大きいとデザイナーって本当にデザインするだけで、実際には物を作れないってわかって。それでもう就活も辞めて、バケーション行こう!って。お金貯めてニューヨークに半年行くことにしました(笑) もっと読む
海外で英語を学ぶ楽しさを肌で感じたんだ

海外で英語を学ぶ楽しさを肌で感じたんだ

大学入ってすぐ奨学金使ってオーストラリアに行ったんだけど、 そこで海外で英語を学ぶ楽しさを肌で感じたんだ。 だから大学三年生になる時に大学二年間休学。 一年間はアルバイト、 もう一年は貯めたお金でニューヨークに留学をしたんだ。 そこであの絢香にも教えたボイストレーナーのビバリーに会って、 本格的にレッスンがスタートしたよ。 もっと読む
東京のシステムでやっていても上がない

東京のシステムでやっていても上がない

卒業後も会社員にはならずにやっぱり演劇をやっていこうと思ったんですが、東京のシステムでやっていても上がないというか、このまま続けても先がないような気がしたんです。 それに、自分の中に演技に対しての明確な哲学がそのときはまだありませんでした。自分に何ができるのか、本当におもしろいものというのは何なのかがその時はまだわからなかった。だから、もっと広い世界で演技をやってみようと思いました。 それで、一度大学に戻って、卒業してからニューヨークに来ました。 もっと読む
世界における日本のプレゼンスの低下に勝手に真剣に焦ってきまして。

世界における日本のプレゼンスの低下に勝手に真剣に焦ってきまして。

中国出張のときに感じた、アジアビジネスのダイナミクスや躍動感を忘れられないのと同時に、世界における日本のプレゼンスの低下に勝手に真剣に焦ってきまして。 何よりも自分自身が 真のグローバル人材にならないと何も変わらないと思って。 といった具合で! もっと読む
「今勝負できない人間はいつまでたっても勝負できない」

「今勝負できない人間はいつまでたっても勝負できない」

親父に言われたんよね。 「今勝負できない人間はいつまでたっても勝負できない」 当たり前の言葉やけど、 26歳で借金して会社作って 家族養った親父の言葉やけんぐさっときた。 昔から日本と世界を繋ぎたいと思っとたし、 安定に甘える自分がほんと小さく見えた。 もっと読む
日本のピザ屋さんで働いたんだけど、納得できなかった

日本のピザ屋さんで働いたんだけど、納得できなかった

日本のピザ屋さんで働いたんだけど、なんだか納得できずに辞めたな。 そんで25歳 決意の証として Pizza タトゥーを入れて。 再度、ニューヨークへ一ヶ月渡米。 帰国後に、 visaをとりすぐニューヨークにPizza留学開始。 Pizza屋さんに行くも言葉も通じず、 働けず、手紙を書いて何件かまわったよ。 もっと読む
この会社の外で、 俺は一体何が出来るんだろうか

この会社の外で、 俺は一体何が出来るんだろうか

この会社の外で、 俺は一体何が出来るんだろうか。 社員証と名刺を失っても、 まわりは自分の声に耳を傾けてくれるのだろうかと。。。 自分に足りないモノがたくさんあるんじゃないかと。 それを手に入れる為に退社と、 留学を決意したって感じ。 もっと読む
危険なところが好きだよね、スリルをどっかで求めてる!

危険なところが好きだよね、スリルをどっかで求めてる!

やっぱり自分がやりたい ファインアート面でもニューヨークは トップだっていうのもあるし 自分みたいな人も いっぱいいるだろうって思って。 好きな南米やメキシコにも近いし。危険なところが好きだよね スリルをどっかで求めてる! もっと読む
言い訳が必要だったんです。 それが、留学でした。

言い訳が必要だったんです。 それが、留学でした。

大学受験を控えた頃に、 突然当時処方してもらってた薬が 規制されてしまって、 結局第一志望に行けなかったんです。 それで一応大学に入ったんですが、 結局薬も無い状態では 講義もまともに受けられず、 一人暮らしだったため 叩き起こしてくれる人もおらず、 一日気がついたら寝て過ごしてるような 状況が続きました。 学校に行きたくても行けないし、 学費も勿体ない。なんとか卒業出来ても、 こんな状況では就職なんて到底無理だし、 色んなことに絶望して大学を辞める選択をしたんです。 ただ、大学を辞める事を親に伝える時に、 過眠症を理由に出来なかったんです。 病気が理由で大学を辞めるって、 あんまりにも未来がないじゃないですか。 両親を悲しませたくなくて、 言い訳が必要だったんです。 それが、留学でした。 もっと読む
オペラ演出を学べるところなんて日本にもアメリカにもなかった

オペラ演出を学べるところなんて日本にもアメリカにもなかった

実際、オペラ演出を学べるところなんて 日本にもアメリカにもなくて、 ヨーロッパにも数少ないんです。 オペラの伝統のある ドイツでも 3校しかありません。 だからベルリンの教授に会うまで、 あまりにもオペラ演出が 遠い存在のような気がしていて、 オペラ演出が実際に勉強できるとは 全く想像もしていませんでした。 もっと読む
30歳までに海外での仕事に挑戦したかった

30歳までに海外での仕事に挑戦したかった

やっぱり若いうち(30歳まで)に海外での仕事に挑戦したかったから。 リクルートにそのままいて、海外展開を待つ方法も 取れたかもしれないけど、 いつになるのかもわからないし、主体的じゃなくて自分らしくないと思った。 さらに今は家族も健康だし、 奥さんもいないということで 特に縛られるものがない 今がチャンスだとも思ったね! もっと読む
どうせならアフリカ行ってみたいなって。 それだけですw

どうせならアフリカ行ってみたいなって。 それだけですw

どうせならアフリカ行ってみたいなって。 それだけですw あと、ソーシャルビジネスとか 官民連携の取り組みとかにも関心があって。 そうなるとある程度インフラとか 整ってる地域になってくる。 ガーナはアフリカの中でも かなり生活水準は高い方だと思うんですよね。 あとは、ガーナで働いてたことのある 知り合いがいたことが大きかったですね。 もっと読む
雑誌で化け物みたいな波が紹介されてて「外国ってすげーーー!!!行ってみてーーー!!」

雑誌で化け物みたいな波が紹介されてて「外国ってすげーーー!!!行ってみてーーー!!」

俺の場合きっかけっていう きっかけが実はなくて、 強いて言うなら自分の日本での 将来への不安が一つと、 あとは高校二年生から 地元の千葉でサーフィン始めたんだけど、 ある日地元のコンビニで サーフィン雑誌立ち読みしてたら 「世界最高峰の波—アメリカ西海岸カリフォルニア」 っていうコーナーで化け物みたいな波が 紹介されててな。 「外国ってすげーーー!!!行ってみてーーー!!」 ってなった。 それが後押しとなって 特に深い理由もなくアメリカの高校へ 短期留学を決意したんだよね。 もっと読む
ダンスやっててこのままじゃ世界には通用しないって思ったんだよね

ダンスやっててこのままじゃ世界には通用しないって思ったんだよね

ダンスやってて このままじゃ世界には 通用しないって思ったんだよね。 やっぱり白人には勝てないって。 でも自分は白人になることはできないけど ペアは白人に変えれるなって思って。 それでアメリカにいった。 それが理由。 もっと読む
彼女がNYに転勤になるというから「ならば俺も」 と即決

彼女がNYに転勤になるというから「ならば俺も」 と即決

自分の先行きみたいなんは すごい不安に思っとってん。 お金は結構もらってたけど、 なんか飯くいにいって、酒のんで、 スナックとかで全部使ってしもうて、 酔いから醒めたらまた営業行って。。。 なんか違うな〜って思い出してた。 そうやって迷ってた時に 後の嫁さんになる女性に出会ってん。 彼女がNYに転勤になるというから、 「ならば俺も」 と、新天地NYに行く事を即決した。 会社での出世の道を捨てて、 その日の内に退職届をかいた。 かっこええやろw もっと読む
ニューヨーク行きの飛行機の中での出会い

ニューヨーク行きの飛行機の中での出会い

ニューヨーク行きの飛行機でさ、 自分のサッカーの写真を後ろで 見てたら、「サッカー好きなの?」て 隣に来た人が話かけてきて、 なぜか会話が弾んで、その人が 社交辞令的な感じで、 “サッカー辞めたらうちで働きなよ!” って名刺くれたんだよね。 俺も馬鹿だから、それをすぐに本気にしちゃって、 ニューヨーク滞在中に何も考えず ノリと勢いで電話しちゃったよね。 もちろんダメもとだったけど、 電話したら一度会いましょうって 言ってくれて。 フォーマルな格好をして オフィスに来てくださいって 言われたけど、黒のエアジョーダンの スニーカーとダボダボの黒い ジャケットきていった。w 一応シャツだけは、GAPで 買っていったけど… そこでさっそく社長と面接して、 何が良くて社長が俺のこと 気に入ったのか分からないけど、 それでは内定だしますって。 もっと読む
アメリカ映画を観て憧れたんです笑

アメリカ映画を観て憧れたんです笑

アメリカ映画を観て憧れたんです笑。そして、アメリカ人と結婚したいなーって思った。だから、大学入学とともにサンフランシスコに留学したんです。 もっと読む
すごい圧倒されて、 私この街に来たいって思ったんです。

すごい圧倒されて、 私この街に来たいって思ったんです。

ニューヨークって上をみれば億万長者だったりとか、 上をみたらキリがないくらいすごい 人がいっぱいるわけじゃないですか。 でも下をみたらホームレスとか物乞いしてる人がいて、 こんなに狭いのにそれだけの格差があるんだなって、 この街では頑張らないと 置いていかれるんだろうなって すごく感じたんです。みんな信号も止まらないじゃないですか、 それもこの街の色に出てるなって思った。 そういうのにすごい圧倒されて、 私この街に来たいって思ったんです。 もっと読む
10歳の時にニューヨークでミュージシャンとして活動している夢を見たんです

10歳の時にニューヨークでミュージシャンとして活動している夢を見たんです

10歳の時に、何故か分からないんですが、 ニューヨークでミュージシャンとして活動している夢を見たんです。 その時見た姿は、今の自分の姿に とても重なっています。 私の人生は、10歳の時に見た自分の姿を 実現し続けているといえるかもしれません。 もっと読む
『ただ行きたい』 っていう純粋な思いが大事なんじゃないかなって思った。

『ただ行きたい』 っていう純粋な思いが大事なんじゃないかなって思った。

友達に私もNYに行きたいなーっていったら、 『行きたいんやったら行ったらいいやん』 って言われて笑。 そう言われて、始めは 『でも、毎週レギュラーの仕事もあるし…』 って思ったんだけど、 『あ、そっか。行きたいんだったら、 行ったらいいんだ。』 って思って笑。 それで、1年お休みさせてくださいって プロダクションにお願いして、 レギュラーの仕事は一旦辞めた。 同期や先輩達に話したら、 『ただ行きたいから行くって そんな適当な理由なんかでいっていいん?』 『ただ遊んで終わってしまうで?』 とか色々と反対された。 でも、私は『ただ行きたい』 っていう純粋な思いが 大事なんじゃないかなって思った。 もっと読む
自分が世界でどこまで通用するのか挑戦してみたい!

自分が世界でどこまで通用するのか挑戦してみたい!

自分がアメリカに行くなんて全く考えたことなかった。でも高校2年生のときに、果たしてこのままいい大学行って、大手就職するのが歩みたい道なのかなと考えた。自分が世界でどこまで通用するのか挑戦してみたい!その時そう思ったのがきっかけかな。で、ビジネスならアメリカだ!じゃあアメリカの大学行くか!って。そんな流れで進路が決まりました。 もっと読む
完全に憧れです笑
完全に憧れです笑 とにかく育った周りの環境、 人たちがかなり個性的、 悪く言うと社会に適応できなかった人たちで、w 日本で中学高校行ってた時は 学校の子たちと話も考え方も 合わなくてつまんなくて しょうがなかったんです。 当然日本の大学、 美大には興味が一切わかなくて、 でもデザインのこととか 学びたいしってなって、 それでもともとアメリカの文化にも 興味があったので、アメリカに来ました。 もっと読む
やっぱりアートはニューヨーク

やっぱりアートはニューヨーク

やっぱりアートはニューヨーク。 高校のときからずっといくって決めてました。 大学に入学したときは 入学できたことが嬉しくて一瞬忘れてましたけど。w でも大学4年になって またニューヨークいきたいって思いました。 それで卒業して3日後に来ました。 もっと読む
アメリカ音楽は好きで憧れみたいのがあったんです

アメリカ音楽は好きで憧れみたいのがあったんです

いとこからもらったミックステープに入っていたニルヴァーナの音楽を聴いた中学から、アメリカ音楽は好きで憧れみたいのがあったんです。それで高校の旅行でいってみたらもうこっちの大学行こう!って決意しましたw  もっと読む
勝負をかける場所として選んだニューヨーク

勝負をかける場所として選んだニューヨーク

あたしはもともと路上アーティストからスタートしていて、しかも全く独学で絵とか文字を書くことを始めたんですね。で、今年でこの仕事をして18年になるんですけど、次のステージに行くためには勝負かけなあかんと思って。

自分を次のステージに上げるんだったら、日本にいるだけではもうダメだなって思ったんです。あたしは美術のキャリアもなければ、美術学校にも行ってないし、独学でここまでやって来た。そんなあたしが次のステージに行くには、自分で自分の価値を上げてかなきゃいけないって思ったんです。そのために選んだ場所がニューヨークでした。 もっと読む
「ジャズの謎」を本気で学びたい

「ジャズの謎」を本気で学びたい

90年代に一度NYに住んだ事があって、 挫折というか、一度やはり 日本に戻ってしっかりとやろうと思い NYのアパートを引き払って 帰ったんですね。 だから、どこかでずっと引っかかっているものはありました。 もっとこの解けない 「ジャズの謎」を本気で学びたいと思うようになりました。 今感じるチカチカしてるアラートを見過ごしちゃもうこのチャンスはこないんじゃあないだろうかと。 それでニュースクールを受けました。 もっと読む
むかしから漠然とアメリカに憧れてた

むかしから漠然とアメリカに憧れてた

実はむかしから漠然とアメリカに憧れてて。 行きたいと思ってはいたんだけどね、 会社やっててなかなかこれなかった. そんな時、 兄貴が会社を継いでくれるって話になって、 じゃぁ俺はアメリカいこって! で、 とりあえず一年は引き継ぎやって それがやっと終わってアメリカにきた。 まずはオクラホマにいって、 そんでニューヨークだね。 もっと読む
自分の感性はずっと磨いていたいって思ってたから

自分の感性はずっと磨いていたいって思ってたから

全く知らない環境に身を置きたくて、 ずっと、どこか海外に行こうとは思ってた。 じゃあ、どこかにしようかって考えたら、 やっぱりアメリカだった。 今度は自分がずっと苦手で 避けて通って来た ”英語”を克服して、 どこまで勝負出来るか試したかったから。 で、アメリカのどこかってなるとニューヨークしかなかった。 世界中から色んな人種が集まる刺激的な街だし、 なにより自分の感性はずっと磨いていたいって思ってたから。 もっと読む
仕事を続けていくことを考えると英語ができないと話にならなかった

仕事を続けていくことを考えると英語ができないと話にならなかった

東京の法律事務所に入ったのですが外国企業のクライアントも多くて、英語を使う機会がよくありました。こういう環境で仕事を続けていくことを考えると英語ができないと話になりません。だからそういった危機感もあって事務所に入った当初から留学は考えてましたね! もっと読む
アメリカ人が絶対アメリカ行った方がいい って勧めてきた

アメリカ人が絶対アメリカ行った方がいい って勧めてきた

本当は中学きてからすぐに アメリカきたかったんですけど、 自分は父親とすごく仲が悪かったんで やっぱり頼りたくないなって。 高校からスポーツ推薦もきてたし、 まぁいいかなってのもありました。 高校時代に大学生に混じってバスケやってて そこは海外から選手とか呼んでたりしてて、 そこにいるアメリカ人が絶対アメリカ行った方がいい って勧めてきて。それが一つのきっかけになりましたね。 もっと読む
ジャーナリズム/ドキュメンタリーを学ぶんならアメリカだろう!

ジャーナリズム/ドキュメンタリーを学ぶんならアメリカだろう!

やっぱりジャーナリズム/ドキュメンタリーを 学ぶんならアメリカだろう!という思い込みかな。 それでいろんな学校調べてたら、 高橋邦典さんっていう俺が尊敬する フォトグラファーが行ってた学校が ボストンにあるっていうのを知って。 それでお金も貯め始めた もっと読む
やっぱりどうせなら 本場にいってみようと思ったんですよね

やっぱりどうせなら 本場にいってみようと思ったんですよね

まず高校卒業してオーストラリアに1年いったんです。それは留学で。 そのとき外国っておもしれーなって、 思ったんです。やっぱりどうせなら本場にいってみようと思ったんですよね。ニューヨークで勝負しようって決めました。 もっと読む
「森本さんは海外に出た方がいい」 っていわれて。

「森本さんは海外に出た方がいい」 っていわれて。

サンフランシスコから帰ってきたArimichiさんに、 「森本さんは海外に出た方がいい」 っていわれて。 出身が地方だからまずは東京かなって思ってたんですけどw Arimichiさんは初めから 海外にいった方がいいって。 それで海外を意識するようになったんです。 もっと読む
プリティプリンセスっていう映画を見たんです。

プリティプリンセスっていう映画を見たんです。

中学生のときに母に誘われて プリティプリンセスっていう映画を見たんです。 いじめられていた主人公が、 メイクやヘアー、マナーなど 勉強をして見違えるように 素敵になっていくって話です。話の最後に主人公が 自分の思っていることを 堂々と話していることに感動して アメリカでは自分らしくいられる、 そしてそれを評価してもらえるんだと思いました。 もっと読む
海外経験を重視するんだって思ったのが一つのきっかけ

海外経験を重視するんだって思ったのが一つのきっかけ

日本で「君はどこの国に行ってたの?」って聞かれることが多かったんです。 その時に、 あぁそういうのって大事なんだ、 みんな海外経験を重視するんだって思ったのが一つのきっかけにもなりました。 日本でばりばりやってる人はやっぱり海外での経験がある人が多かったので、 自分も一度世界で仕事をしようと思いました。 もっと読む
子どもを授かったので、そのタイミングでアラバマに来ました

子どもを授かったので、そのタイミングでアラバマに来ました

結婚してしばらくは別居婚をしていたのですが、子どもを授かったので、そのタイミングでアラバマに来ました。渡米直前までは、司法修習といって、裁判所や検察庁や弁護士事務所で研修を受けていました。 もっと読む
本場のジャズを体感したくてってのが 一番の理由ですね。

本場のジャズを体感したくてってのが 一番の理由ですね。

本場のジャズを体感したくてってのが 一番の理由ですね。 1年以内に1ヶ月だけ行こうって 決めましたが、スーパー銭湯で 友達に背中押されて4ヶ月後に 3ヶ月間行く事に決めました。 もっと読む
世界にいけばもっとクオリティの高いものに出会えると思ったし、出来ると思ってました。

世界にいけばもっとクオリティの高いものに出会えると思ったし、出来ると思ってました。

いつか海外で外国人とバンドをやりたいと思ってたんです。世界にいけばもっとクオリティの高いものに出会えると思ったし、出来ると思ってました。でも、そのためには英語話せるようにならなくちゃ行けなかったし、日本にいるままじゃそれって出来ないじゃないですか。 もっと読む
いつか私も海外に行ってショーのステージを歩いてみたいな、と思っていました。

いつか私も海外に行ってショーのステージを歩いてみたいな、と思っていました。

もともと漠然とした海外への憧れはありました。 モデルを始めた時から富永愛さんに憧れていて、海外でショーモデルとして活躍しているのを見てすごいなぁ、いつか私も海外に行ってショーのステージを歩いてみたいな、と思っていました。 もっと読む
JAZZといえば断然ニューヨーク

JAZZといえば断然ニューヨーク

JAZZといえば断然ニューヨーク。ここにはアメリカだけじゃなく、世界中のJAZZミュージシャンが 集まってくるから。 でも音楽でメシが食える奴なんて ほとんどおらんのちゃうかなぁ。 本場のアメリカ人でさえ、 売れるまで10年かかるって言われる世界。 チャンスはたくさんあるけど 厳しい街でもあるよ。 でもやっぱりおもろいよね、 ニューヨークは。 もっと読む
たまたま興味があった分野のトップがニューヨークにいた

たまたま興味があった分野のトップがニューヨークにいた

特に「海外に出たい!」っていうふうには考えたことは無かったんですけど、昔から世界で活躍する科学者になりたくて、たまたま興味があった分野のトップがニューヨークにいて、その人のもとで世界トップの研究したかったんですよね。もし彼が東京にいたら東京に残りましたし、セネガルにいたらセネガルに行ってました。 もっと読む
若かった勢いですね

若かった勢いですね

当時の若かった勢いですね。それしかないでしょ。今から思えば「俺、海外でできるんじゃねえ!?」って言うバカな勘違い、変な自信があったんだと思う。

20代はまだ勢いで飛び込める。それが30代になると悩んだり、本当に大丈夫かななんて思ったりするようになる。でも、結果を出すかどうかはその先の話で、実力はやっていくなかでついてくる。
要は、やるかやらないかの選択を迫られた時に、やると決めて飛び込める勢いがあるかどうかですね。 もっと読む
NYに留学した方が日本の法科大学院に行くより早く弁護士資格を早く取れるのを知って

NYに留学した方が日本の法科大学院に行くより早く弁護士資格を早く取れるのを知って

早稲田大学法学部には、3年卒業制度といういわゆる飛び級制があって。
エリート志向の私としては是が非でも手に入れたい称号だったんです。
成績も申し分なく、あと面接に合格すれば卒業確定!という時に、心の片隅にちょこっと残っていた反抗心で私服で受験しに行っちゃったんですよ。服装自由って書いてあったし、口から生まれたこの私、スーツがなんぼのもんじゃい!口一つで勝負!って。
愚かでした(笑)
結果当然のことながら落とされまして、人生初の挫折を経験しました。すごく落ち込みましたが、自分らしいやり方で落とされたのだからクヨクヨしても仕方ない。どうせ起き上がるなら、ただじゃあ起き上がらない、と謎に闘志がみなぎり、調べたらNYに留学した方が日本の法科大学院に行くより早く弁護士資格を早く取れるのを知って。ひゃだ、先にいってよ!こーゆーの待ってたのよ!!って(笑)
そこからは親にも友達にも言わず、出願、受験、合格まで掴み取り、NY留学の夢を実現させました。 もっと読む
海外好きのおかんが勝手に申請していた

海外好きのおかんが勝手に申請していた

海外好きのおかんが勝手に申請していたアメリカの永住権を三年目にしてようやく抽選で獲得することができたんです。で、永住権を獲得できたんだから、高校卒業したらアメリカへ行きなさいということになりました。自分で行きたいと決めたっていうよりは、行かされたという感じです。 もっと読む