10年後20年後に影響を与えられる人になりたい

石川じゅんいち石川じゅんいち - BMX×デザイナー
プロのBMXライダーでありながら、仲間とブランドを立ち上げ、現在商品づくりに没頭しているじゅんいちくん。 留学を決意してからは、日本にあるNICという学校に入り、生徒は日本人のみだが、英語しか使ってはいけないという厳しい環境で英語を身につけた。 昔から自転車一筋で、渡米後はサンフランシスコから現在のニューヨークにうつり、プロライダーしながら、ブランドの商品づくりと好きなことを続けている。 そんな順風満帆な人生に見える彼だが、同時に日々、多くの不安と戦っているという。 不安から逃げることなく、自分の決めた道を走り続ける彼のひたむき生き方をLIVE! 

対談者:Dragon

Dragon

共通の友達を介し、ミッドタウンの「りき」という居酒屋で知り合う。若いながら、自由に突っ走る彼のらしい生き方に興奮し溜まり場に勧誘。

[公開日] 2013/02/18(最終更新:2015/08/07)

LINEで送る

18歳留学したいという思いからNICに入る

留学したいという思いからNICに入る
Dragon― どうしてアメリカへ行こうと思ったの?
石川じゅんいち

うーん、

とにかく育った周りの環境、

人たちがかなり個性的、

悪く言うと社会に適応できなかった人たちで、w

日本で中学高校行ってた時は

学校の子たちと話も考え方も

合わなくてつまんなくて

しょうがなかったんです。

 

当然日本の大学、

美大には興味が一切わかなくて、

でもデザインのこととか

学びたいしってなって、

 

それでもともとアメリカの文化にも

興味があったので、アメリカに来ました。

 

 

Dragon― 元々英語は話せたの?
石川じゅんいち

全然。

日本にあるNICという学校で

1年真面目に毎日勉強しました。

そこは全て英語の授業で

英語しか使っちゃいけない。

生徒は日本人ですけど。

 

まず一番下のクラスからスタートして、

2学期目には意地でDean’s Listに載りました。

 

ついでに奨学金もかっぱらって。

週末はほぼ毎週BMXの撮影からの

スケートショップでチル&ビアー。

って生活してましたね。

 

授業はほんと地獄ですよ。

ほとんど寝る暇もなく

勉強してました。

 

 

Dragon― でも日本にいながらこんなに英語話せるようになったんだもんね。
石川じゅんいち

ほんとうにきついですけど、

めちゃくちゃいい学校でした。

もうあんなに勉強したくないですけど。

20歳SF Bay Areaに渡米。BMXではアメリカのブランドから直接サポートされるようになる。

Dragon― プロライダーはずっと目指してたの?
石川じゅんいち

 プロライダーになりたいと

思ったことはないし、

自分がまさかプロライダーに

なるなんて思ったこともないです。

 

基本やっぱり遊びなんで

ただ楽しく自分のペースで乗ってました。

 

 

Dragon― プロライダーってどんなことするん?
石川じゅんいち

5、6年前までは

大会に出てなんぼの世界でした。

僕は根っからの大会嫌いなんですが、

一緒に遊んでくれていた

周りの大人の人たちに付いてって

大会とかたまに出たりしてました。

 

それで大会でスカウトされて

スポンサーが付いたのが

ちょうど17歳くらいの時ですね。

 

そのころからだんだん

時代が変わってきて、

大会から映像や写真等の

メディア主体の世界になってきて、

僕みたいな大会嫌いでも

活躍できるような環境になってきました。

 

今はストリートで

ビデオを撮って作品残したり、

写真を残したりすることが

主な活動内容ですかね。

 

21歳日本のBMXの友達2人と遊び半分でブランドを立ち上げる。キャップに自分でミシンでタグを縫い付ける毎日。

日本のBMXの友達2人と遊び半分でブランドを立ち上げる。キャップに自分でミシンでタグを縫い付ける毎日。
Dragon― いまはブランドつくってるんだ?
石川じゅんいち

まぁ遊び半分ですけど。

年内には商品にしたいです。

 

 

Dragon― どんな人に使って欲しい?日本人アメリカ人?
石川じゅんいち

いっぱい売りたいとか

そういうのはないです。

どっちかというと

わかっている人だけに使って欲しいですね。

 

 

Dragon― 収入も安定しない道だよね。不安とかない?
石川じゅんいち

このままいったら

将来どうなるか不安はありますよ。

不安ばっかりですよ。w

 

22歳NYにうつる

NYにうつる
Dragon― どうしてニューヨークにきたの?
石川じゅんいち

完全に憧れです笑

もともと東海岸の文化が

好きだったのがひとつの大きな理由です。

 

NYの前はサンフランシスコベイエリアの

コミュニティカレッジに居たんですけど、

NYはカリフォルニアと違って、

古い建物が多く残っていたり、

町並みとか雰囲気とかが

やっぱりしっくりきます。

 

汚いですけどね笑

 

大都市だけどいろんな地区があって

人間臭いところが好きです。

音楽とか服装とかも90年代東海岸に

影響を受けて育った部分が大きいですね。

 

あとはやっぱり自分の専攻の

グラフィックデザインを学ぶのも、

街に出てるだけで受ける

刺激の大きさが日本や西海岸とは

比じゃないですね。

野望『好きなことをずっとやっていきたい。』

『好きなことをずっとやっていきたい。』
Dragon― 将来の野望はある?
石川じゅんいち

野望はとくにないです。

 

メジャーになるよりは濃く狭く。

狭くがいい。

理解できない人には

理解できなくていい。

昔から自転車も好きで

のってただけだから

 

今はブランドも

好きだったからやってるから、

それを邪魔してまで

自転車にのろうと思ってない。

 

好きなことをずっとやっていきたい。

 

理想の生き方『10年後20年後に影響与えられる人になりたい』

『10年後20年後に影響与えられる人になりたい』
Dragon― どんな生き方してる人に憧れる?
石川じゅんいち

自分のスタイルをつらぬいてて

金とかとらわれなくて生活してる人

影響を与えられる人ですね。

 

ビデオを見ても結局、

いま自分が影響受けてるのは

90年代のビデオだったりして。

だから自分もいまよりは

10年後20年後に

影響与えられる人になりたいですね。

 

贈る言葉『しくっても 数年後とかにネタになるじゃないですか!』

『しくっても  数年後とかにネタになるじゃないですか!』
Dragon― 世界に踏み出そうか迷ってる日本の若者に、じゅんいちくんが声をかけるとしたら何て声をかけたい?
石川じゅんいち

全然まだまだ自分も

世界に踏み出せてすらいない身なんで

何とも言えないですが。

 

僕は迷ったら

あんまり深く考え過ぎずに

直感的に動いてますね。

それで必死にやってみてしくっても

数年後とかにネタになるじゃないですか。

 

万が一うまくいかなくても

後で仲間とビール飲みながら

そういやあんなことあったねー

なんて笑って話せれば良いかなと。

 

 

photo—Saori Ogasawara

石川じゅんいち

石川じゅんいち - BMX×デザイナー(Age:27)
脱PAN年齢:20歳(
東京(在住経験地:, , ,
, ,

今後の挑戦

  • 2013年 自分ブランドの新商品を出す
  • 2013年 ブランドのチームでDVDを出す
LINEで送る

他の挑戦者を見る