もともと生まれつき持っているものを活かすこと、なんかそれが、一番自分が輝ける。

TiATiA - singer / Japanese recording artist.
16歳でエピックレコードよりメジャーデビュー。1stシングル「Every time」がHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP のエンディングテーマ、2ndシングル「流星」が人気アニメNARUTOのエンディングテーマとなりスマッシュヒット。めざましテレビに生出演し生歌を披露するなど話題となり、1stアルバム「humming」が日本ゴールドディスク賞を獲得。ポニーキャニオンからリリースしたアルバム「Love Attendant」は、music.jp着うた総合1位!レコチョク・クラブうた6作連続1位!横浜BLITZで2回のワンマンを成功させた。2014年よりニューヨークに音楽の拠点を移し、世界を視野に入れた活動となる。音楽の殿堂アポロシアターでは、同点優勝からの準優勝。2万人が収容されるスタジアムで行われた、アメリカ最大級のマクドナルド主催ゴスペル大会にて2万人からファイナリストに選ばれ、日本人初優勝の快挙。2年連続同大会のファイナリストとなった。本場NYのR&B,Soul,の大会、Brooklyn X Factor、Star is born, Rip the Mic, など数々の優勝を獲得。アメリカメジャーアーティストWu Tang Clan (Raekwon),Lyfe Jennings, CASE, and Lil Mama. などのオープニングアクトショーなども勤めた。アジア人快挙を成し遂げ、ニューヨークで注目を集めている。

対談者:クニカツ

クニカツ

NYでも数々の賞を受賞し、大活躍中のTiAさん。緊張しながら伺うと、素敵な笑顔で迎えて頂き、一安心しましたw。気さくで言葉回しが面白く、よく笑っていたTiAさん。それは、大好きな歌を辞めると決断した時の、とても辛い時期を乗り越えたからこそ、できるのかな。と感じました。大好きな事を再確認し、素敵な笑顔の中にとても強い魂を持ってると感じたTiAさんの生き様をLIVE★

[公開日] 2017/11/13(最終更新:2017/11/13)

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 【歌を辞めようと思ってNYへ渡米】

【歌を辞めようと思ってNYへ渡米】
クニカツ― TiAさんは何故単身NYへ行かれたんですか?
TiA

私自身の話からしていくと、私が14歳の時に作詞作曲したEvery time」っていう曲で、16歳でソニーレコードからデビューをしていて、そこから「NARUTO」のエンディングテーマを歌ったりだとか、色んなテレビに出たり色んな事をしてたんですけれども、事務所を変わったり、今度はポニーキャニオンさんからアルバム出してもらったりしてたんですけど、デビュー10周年のを迎えた時に、私はもう歌を辞めようと思って渡米したのがきっかけなんですね。

クニカツ― えー!!歌を辞めようと思ったんですか?
TiA

10年の中では色んなことがあって、自分自身の中で歌が本当に好きなのかとか、なんで歌っているのかとか、何を伝えたいのかとかが私の中でこう、分からなくなってしまった時期があって、それがちょうどデビュー10周年の辺りで、で、その時に私はもう歌は歌えないなぁと思って、もう歌を辞めようと思って、なんでNYに行ったのかは私にも分からないですけど、ただもう兎に角日本にはいたくなくて、なぜなら、歌を辞めるイコール自分の呼吸を止めるくらいの気持ちだったので、それで渡米しました。

クニカツ― 何故NYだったんでしょう?
TiA

NYを選んだのは今も分からなくて、でもそれが運命だったというか、導かれてたのかな。と今は思うくらいすごい大切な街になったんですね。

 

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クニカツ― 何かに導かれたと?
TiA

なんでかっていうと、歌わないと決めてNYに行ったんですけど、やっぱNYっていう街は音楽が溢れてるし、歌える場所もたくさんあるし、血が騒いで騒いで歌うしかなくて、そこからまた歌う様になって。兎に角最初はもうずっとオープンマイクを探して。

クニカツ― オープンマイクって何ですか?
TiA

オープンマイクっていうのは、有名なライブハウスとかで何曜日って決まっている、オープンマイクの日っていうのがあって、で、行ってサインアップすればその店で歌えるという、名前をよばれてステージで歌うっていう、そういうオープンマイクっていうのがNYにたくさんあって、有名な大きい箱もあれば、小っちゃいところもあったりするんですけど、そこをとにかく探して歌いに行って。

 

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クニカツ― わぁー!!映画みたいですね。
TiA

歌を辞めるって言ってたのに、なんでこんなにも自分が、こんなに毎日歌うところを探して歌いにいっちゃうんだろうと、なんかそんな自分になったのが自分でも驚きなんですけど、だけど、そのNYで歌った時にやっぱお客さんの反応だったりだとか、歓声だったりとか、それを浴びた時に私やっぱり歌いたいんだな。という正直な自分の気持ちが戻ってきたていうか、それと同時に、あぁ自分らしく歌っていいんだな。っていう、なんか、今まで色んな人の目だったりなんかそういうことを気にしていたのがあったんですけど、でもそれがまったくなにも無くなって、自分だけしかない歌声だし、それを大切に感謝して歌えばいいんだっていうのが凄いわかったんですね。

クニカツ― なるほど。
TiA

本当の自分にやっと戻れたっていうか、歌手になりたい。って思ってた時の自分に戻れたんですね。でそこから歌う様になって、色んな事に挑戦してきて、私まだNYに来て2年なんですけど、みんな本当に2年?っていうくらいな動きをしてまして(笑)。

クニカツ― と言いますと?
TiA

兎に角その歌いに行ったっていうのと、プラス兎に角挑戦できる大会とか、歌の大会とかそういうのにたくさん出てきまして、1つはアポロシアターとか、やっぱりアポロシアターってNYに来たシンガーなら一度は立ちたいステージだと思うので、アポロシアターのオーディションを受けて、そこからアマチュアナイトというのに出演して、で、一回戦目は同点優勝で準優勝になったんですけど、その時の景色はスタンディングオべレーションになって、すごい嬉しかったんですけど、2回戦があって第2回戦はステージに立って、ほんと何秒しか歌っていないのにブーイングを受けてすぐ退場になりまして。

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クニカツ― うわぁ!!
TiA

その日はもう1日中泣いてたんですけど、次の日から立ち直って。なぜ立ち直ったかっていうと、そういうブーイングとか落ち込んだ事をずっと引きずっていても仕方ないので、兎に角海外にいる自分は前に進むしかないので、すぐに立ち上がることをしました。

クニカツ― つ、強いですね。
TiA

で、また次の年もまたアポロシアターに出ないか。というお話を頂いたので、また出たんですけど、また一回戦目もスタンディングオべレーションになって、嬉しかったんですけど、また2回戦目はまた一瞬で退場になって、なんかそういうまたそれも、なんか色んな思いがあったんですけど、エンターテイメントの一部になれたんだな。て思っただけで有難いなて思う様になったりだとか。

だから、みんな挑戦する前からこんな頭の中で考えてこうなったらどうしようとか。色々考えたりするかもしれないですけど、でも、私は怖がってたら何も始まらないし、挑戦もしてないのに何も語ることができないので、私自身もずっと日本でプロでやって来た中で、アメリカでブーイングを浴びるっていうことはとてもリスクがあったんですけど、それでも挑戦したのは、やっぱり若い子とか、私は今年でデビュー13周年なんですけど、これから夢を追いかける子たちにとかそういう子たちに、もっと挑戦することの大切さとか、もし失敗しても、いい結果が出なかったとしても、必ずその経験は次に生きるし、その経験は何ひとつ無駄なことはないんだよ。っていうことを伝えたかったな。と思って。

 【歌を辞めると思った事から立ち直った。】

【歌を辞めると思った事から立ち直った。】
クニカツ― 立ち直れたのはなぜですか?
TiA

すごいショックだったし、いい景色も見ていたのになんでだろうと思ったんですけど、立ち直ったのは、なんかあんまりネガティブになることが無くなったというか、歌を歌う自分に戻れた事ですら本当に私にとって幸せなことなので、そんなことで歌を辞めるだなんて思えなかったというか、10年間やってきて、辞めるって思った時のあの辛さと、辞めようと思って飛行機に乗ってNYに向かう中、ずっと泣いてた自分、それを思ったら何一つ苦じゃなかった。ていうのもあるし、周りにもNYで出会った人達が皆んなポジティブで、すごい支えてくれたので。まあね、全員に好かれる人なんていないので、逆によかったかな。というか。強くなったんですかね。

クニカツ― 大好きな事を辞めるって思うのは辛いですか?
TiA

諦めたり、何かを一つ区切りをつけるっていうのは辛いことですよね。私は歌は、自分の夢というか、歌を辞めるだなんていうことは、んーなんていったら言いのかな。子供の時からずっと歌が自分自身だったので、それがなくなってしまった自分っていうのはもうほんと、なんか何もなくなったというか、お金とか家とかそういうことじゃなくて、自分自身が消えたみたいな、気持ちだったんですね。それが一番辛かったですね。

クニカツ― なるほど。
TiA

自分が歌が本当に好きなのかも分かんなくなってしまったし、自分が何を伝えたいのか、人に伝えたいのか事すらも分からなくなってしまってたり、あとやっぱ大人になると、20代になってどんどん年を重ねるにつれて、綺麗事だけじゃなくなってくるので、私はこのまま歌っていていいのだろうか。とか、生活があったりとかするじゃないでか。夢を追いかけてるっていっても、なんか、ねぇ?20代後半になって夢をおっかけるとかどうなの?とか色んな人に色んなことを言われたりもしたんですけど、ただその時はあーこんななんか夢とかなんだって言っててもなんかバカバカしいとか色々思っちゃった時期もあったんですけど、今は年齢とか関係なく、もう夢があったりすればもう、関係なく一生懸命なれる事ってかっこいいじゃないか。って思う様になって、なんか一生懸命になっている人を笑う人の方がかっこ悪くて、なんか。うん。思える様になった。

 

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クニカツ― 自分から変わったんですか?
TiA

そうですね。今までは、事務所に入っていた頃だとかは、こういう風にしなさい。とか、してね。とか、周りからもこういう風なTiAでいましょう。とか、なんかそういう様なちょっと作られていた自分というか、誰かの私みたいな。だけどそうじゃなくて、私の人生は私だから。私が決めるんだという。そこに一回なってみたかったんですね。若い時から自分がこうしたい。っていうので色々やれたわけじゃなかったので。今は、なんか自分がこうしたい。って思う事を全てやっているので、なんか、そう人間らしいというか。やっとなんか自分らしさっていうのが昔は分からなかったけど、今は、自分らしさっていうのが、こういう事だっていうのが言える様になっていうのがありますね。

クニカツ― TiAさんの自分らしさってなんですか?
TiA

うーん。言葉でどういっったら言いかわからないですけど、ただなんかやっぱり色々。自分の見た目だったり、なんかそういうのがあのーなんだろうな。前はこういうエキゾチックな顔やだわぁ。(笑)。みたいなのとかあったんですけど、NYにいると色んな人種の人がいるじゃないですか? で、価値観は全部違うし。だから日本にいたら、なんだろう?こういう眉毛じゃなくてとかなんか色々あるけれど、今は自分が持っているものを活かして、もともと生まれつき持っているものを活かすこと、なんかそれが、一番自分が輝けるものだな。って気づいたっていうか。なんかそれをなんか、あの人みたいに。とか、何かに合わせすることをすると自分自身は全然輝かないんだなってっていうのが凄い分かったっていうか。

 

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クニカツ― また歌いたいって思ったのは?
TiA

ただ単純に、子供の頃に戻ったっていうか。何も縛りがなくなった時に、本当に純粋に歌いたくて、歌が大好きだったから歌手になるもんだ。と思っていたんだろうし、なんかそういう自分になんか戻れたんですよね。だからかな。ただそれだけです。べつに何かを見たとかではなく。自分がそう戻れたのかな。と。リセットできたからだと思います。幸せです。(笑顔)。

 

これ書かなくていいんですけど、

あんまり自分からあのーガツガツ、こうしてやる!ああしてやるっていうのは辞めたんですよ。日本での活動に対しても、アメリカで、私きっとやりたい事やって懸命にやっていれば、きっと上手くいって、それに対して日本が注目してくれるんだったらいいんですけど、自分が私こんな事やってます、あんな事やってますっていうのをやるのは辞めようと思って。でもそっちの方が上手くいってて、今やってる事を信じて好きなように生きていれば、今30代になるんですけど、30代,40代もきっといい歌が歌えて、それに伴っていい風な形になっていくっていう風になんか信じていて。なんかきっとそうなるって。またなんか、子供の時もきっと歌手になるじゃないですけど、きっとうまくいくって今、信じてるんですよね。だから思うようにやろうと思って。

 【歌の世界に入ったきっかけ】

【歌の世界に入ったきっかけ】
クニカツ― 歌の世界に入ったきっかけってなんか覚えてたりするんですか?
TiA

私の母がハーフなんですね。ドイツ系アメリカ人のハーフで。母がずっと昔から歌ってて、うちの兄も歌ってて、で。そうですね、家族の影響ですね。母は、いつも歌は心から歌いなさい。って言われてて。心から歌うっていうことをずっと言われてたんですけど。でもなんだろう。全然あなたの歌は伝わらないってずっと言われ続けてて、伝わらない、伝わらないばっかり言われてたんですけど、やっぱ人生の経験を積んで、あの色んな、じゃぁ恋愛だとしたら、愛してるって言葉を、愛したことがない人が歌っても何も伝わらない。悲しいって気持ちも、本当の悲しさを知らない人が歌っても伝わらない。それは心からの歌じゃないってずっと言われていて。なんかそれが今はやっとこう、大人になって色んな経験もしてるので、少しづつ母も「伝わる歌が歌える様になった。」って言ってくれる様になったんですけど。なのできっかけは、家族が私に歌を教えてくれて。

クニカツ― 自然な流れだったんですね。
TiA

ずっと歌を歌っている子だったですね。

小学生の時もずっと歌ってて。

うち昔カラオケ屋さんもやっていて、小学生の時の誕生日会をうちのカラオケとかでやったりとかして、その時皆んなが、「TiAちゃんは将来歌手になるのね。」みたいなことを言ってくれて、その時にあ、なんかもうずっと自分は歌手になるものだ。ってずっとこうあって。

いつ歌手になろうか。って考えてて。

 

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クニカツ― 憧れてた人とかいたんですか?
TiA

うーん。いなくて。特にいません。

でもホイットニーヒューストンが大好きで、ずっと聞いていて。NYに行った時も最初の半年くらいは、ずっとI Will Always Love You という曲しか歌わなかった。ずっと歌い続けてて。オープンマイクって一曲しか歌えないので。一曲に渾身の一曲を歌うしかないんですね。で、どこでチャンスがあるか分からないので、もう自分がベストだと思う歌を毎回、おんなじ曲をずーっと歌ってました。

クニカツ― 歌ってやっぱり、その日の気持ちによって変わるんですか?
TiA

変わりますね。同じ曲なのに、色んな影響を受けて色んな素晴らしい歌を聴いて、またそれもどんどん成長して歌も一緒に成長していくっていうか。

 14歳で作詞作曲した「Every time」で、メジャーデビュー。

クニカツ― 中学校時代とかはどんな感じだったんですか?
TiA

中学校は、デビューのきっかけとなった「Every time」っていう曲を作りました。作詞作曲してそれで、BOAさんとか東方神起さんとかがいるエスエムエンターテイメントっていう事務所に決まって、で、中学はクリスチャンの学校に行ってたんですけど、高校は編入しました。

 

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クニカツ― サラッと言って頂いたんですけど、凄いことですよね?14歳の時に作詞作曲ですか?
TiA

そうですね。で中学3年生の頃に事務所が決まったので、学校変わらないと行けなかったので、学校変えて高校はすごい自由な学校にいったんですけど。

それで高校一年生の時はずっとレッスンとか、毎日レッスンでしたね。あとレコーディングがあったりとかして、で、高校2年生の6月9日にデビューしました。

クニカツ― 自然に曲つくったんですか?
TiA

ただ、ピアノとかを弾けたりとか楽器ができるとかそういうのじゃなかったので、全部鼻歌のハミングで歌っていて、ハミングで作っていたので、私のファーストアルバムは「humming」ってタイトルだったんですね。でそのアルバムは日本ゴールドディスク新人賞をとりました。

 【アポロシアター準優勝,Brooklyn X Factor優勝,A Star is Born優勝】

TiA

私なんでもやってみるタイプで、やってみてなんか自分で納得しなきゃ気が済まなくて、人からこうだよって言われても自分でなんか確かめないとなんか本当に実感しないとダメで、それでやっぱそうだったんだとか、なんかやんないと、経験しないと分からない気持ちってたくさんあるな。とか思ってました。

成功してる人って、だって最初から成功してる訳じゃないじゃないですか?何回も失敗して成功があったりとか。何一つ苦労しないで成功してる人っていないんじゃないかな。って私は思ったりするんですけど。私も、さっきアポロシアターの話出しましたけど、他にもたくさん大会出ていて、何個出たかな?Brooklyn X Factorっていうのと、A Star is Bornていうのと、Rip the Micていうのと、あと他にも何個か色んなの出たんだすけど、それ全部優勝してて。

 

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Brooklyn X Factorっていうのは、アポロシアターで年間優勝している人も出場していたし、ジョンレジェンドのバックコーラスやってる人とか、とにかく歌が上手い人がNY中から集まった大会だったんですね。そこで何故か私が優勝したんですけど、その理由が審査員の人に言われたのが、ハートシンギングだったて言われて、ハートシンギングって私が子供の時から心から歌いなさいって言われてた事が、ここで繋がったていうか。私にとって第二言語なので英語は。だからその英語でどれだけ心がこう届いたかっていう?それがすごく嬉しかったですね。一生懸命伝えようと思って歌っていたので。

 

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 【アメリカ最大級のゴスペル大会にて日本人初優勝の快挙】

【アメリカ最大級のゴスペル大会にて日本人初優勝の快挙】
TiA

さっき導かれてるって言ったじゃないですか?導かれてる感っていうか、なんかあのNYに行ってから全部こう導かれてる方だけにこう向かって歩いてみたんですね。なんか自分で考えて行くとかじゃなくて、考えてこっち行こうじゃなくて、なんかこっち行くようになってるみたいな。そういう風になってて。不思議で。

ゴスペルって音楽に私出会ったんですけど、それも導かれてる感がハンパなくて。私ハーレムに住んでるんですね。そこは黒人の街で、教会もたくさんあって、子供の時から、「天使にラブソング」でゴスペルは聴いていたし、好きは好きだったんですけど、高校生の時に通っていたボイストレーニングもずっとただゴスペル歌って終わりみたいな。感じだったんですね。で、私の住んでるアパートの隣も教会で、いつも凄い歌声聞こえてて、いつも壁に耳あててきいてたんですよ。わぁーすごい歌だなぁ。と思って。これがゴスペルか。と思ってたんですけど。やっぱ本場に行くとちょっと行っていいのかなぁ。とか思っちゃって教会に入る事が出来なかったです。最初。だけど、とあるきっかけがあって。

クニカツ― きっかけが?
TiA

私の飼ってた愛犬が亡くなって。去年の2月になくなったんですね。私がNYにいる時に、日本にいる私の愛犬が亡くなって。あぁ一番辛かったのはそれです。私の人生で一番辛かったのは、ポムって言うんですけど、太ったパグだったんですけど、そのポムが亡くなったのが人生で一番辛かったですね。その時は、まったくご飯も食べれない、歌も歌えないですよね?もう毎日泣いちゃって。ちょっとポムの事を思い出しただけでももうずーと泣いて、1日中泣いてる日が毎日続いて。あぁこのままじゃポムちゃんも私の事心配しちゃうな。と思って。そんな時にどうしようもなくて、教会に行ってゴスペルを始めたんですよ。それがきっかけ。

 

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クニカツ― そんなきっかけがあったんですね。
TiA

それで去年、女性三人組の「おむすびシスターズ」っていうグループで、東海岸最大の「マクドナルドゴスペルフェスト」っていうゴスペルのフェストがあって、それ2万人のスタジアムで行われるんですけど、そこの大会に出る為に、オーディション受けてファイナリストになって、2万人から選ばれて、でそのスタジアムで歌って、それがゴスペルの大会なんですけど、そこで日本人初の優勝をして、あのーグループワークでの優勝は初めてだったんですね。日本人が優勝することが。

 

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クニカツ― わぁー!!ほんと凄いですね。
TiA

今年もその大会にオーディション受けてまたこれも1万人からファイナリストに選ばれて、で今回はグループは4人組で「フジヤマジャパン」っていうので、選ばれて。プラスもう1つ、ソロイスト。女性ソロイストとして選ばれて、今年の5月ですね、この間の5月13日にあったんですけど、それでも歌ってきました。

今年は惜しくも優勝は出来なかったんですけど、でもあまりゴスペルって音楽に順位をつけるとか、あんまり思ってなくて。特別な音楽なので、祈る音楽?神聖な音楽なので。

 

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クニカツ― ゴスペルの魅力ってなんですか?
TiA

んー魅力。とにかく誰でも受け入れてくれることとか。私、R&B.ソウルミュージック歌ってたんですけど、いつもこのシンガーすごいなぁって思う人は、みんなチャーチ出身だったりとかして、ルーツがゴスペルだったりするんですね。R&Bとか。やっぱりそういうのもありますね。

あと、いつもゴスペル歌う事で、助けてもらってたていうか、自分の心が助けられてるっていうか、ちょっと弱ったとしてもゴスペルを歌うと凄いパワーがみなぎってきたりとか、歌っていてブワーて泣いちゃう時もあるんですけど、なんで泣いてるのかもわかんないですけど、ワーって泣いちゃうんですね。それもんーなんか不思議な特別な音楽ですね。

 

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クニカツ― 泣いちゃうんですか?
TiA

悲しいとか、嬉しいとかそんな感じじゃなくて、魂がうわーって出過ぎて、魂が泣いてるじゃないですけど、何の理由もなく歌いきって、歌ってる時は何も考えてないんですけど。なんで泣いてるのか自分でも。うん。なんか不思議な世界にいっちゃうんですよね。

 【NYの魅力】

【NYの魅力】
クニカツ― TiAさんにとってNYの魅力とは?
TiA

拠点はNYにしたいですね。本当にいいですよね。なんかあの、これじゃなきゃいけない。っていうのがないので。だからなんか凄い自由な発想が生まれてくるっていうか。なんか日本にいたら、これじゃなきゃいけない。が多すぎて。とか例えばなんか、男性にモテる髪型はコレだとか。そんなのなんで、そんなのどこの男性だよ。話だったりとか。でもそういうがまったくないじゃないですか?あるんだろうけど、あっちはあっちで。でもそれがなんかあまりにいろんな人種とか、いろんな考え方溢れすぎちゃってて、何にも気になんないっていうか。なんか。

クニカツ― めちゃめちゃストイックに動いてる感じがしますが、オフとかあるんですか?
TiA

何もやってない時もありますけど、でも何もやってないっていうは、最近は、オープンマイクに行かなくなって、自分でショーが出来る様になってるんですね。なんで自分でショーとかやるとコンサートとかになるじゃないですか。そうするとその一回に使うパワーはほんとに半端なくて、私にはけっこう充電時間が必要なのでその充電時間は何もしないで、芋虫みたいになってる時ありますけど、でもその分その充電が出来たら、パワーですべて一回のライブに全部全力でもう魂抜けるまで歌い尽くします。毎日何かしらゴチャゴチャ入れるわけでもないですけど、オンオフがけっこう激しくて、ずっとオンオンオンのタイプではなくて、オフの時が半端ないので、差が凄いす。

クニカツ― ど、どんな感じですか?
TiA

オフの時は一生寝てますww とにかく寝続けてますね。私なんか、超眠症?過眠症っていうんですかね?寝すぎる人なんじゃないかな。って思うくらい凄い寝るんです。

クニカツ― (笑)。寝てパワーを貯める感じですよね?
TiA

自分大丈夫かなと思うくらい寝ます。でもそうすると力がみなぎったり、歌いにクラブに行ったり、ライブハウスに行ったり、バーで歌ったりそういう事はあるんですけど、遊びに行ったりはしない。全部全て歌いに行くのみで、自分がそれでイェーっとかお酒飲んだりとかはあまりしないですね。逆に疲れちゃって。家では音楽は聴かないし、歩いてる時も音楽は聴かないし、何にもしないです。無音が大好きなんで。何もない音のところが大好きです。

【生き方】自分の人生を生きろ。

TiA

誰の為にじゃなくて、後悔しない様に自分のやりたい様に生きればいいんじゃないかと思います。

クニカツ― TiAさんがやりたい様に生きれてるのは何でだと思いますか?
TiA

んー。多分一度色んなものを捨てたからじゃないかなぁ。と思うんですね。私にも守らなきゃいけないものもあっただろうし、日本での活動ていうのもあったし、ファンの人も日本にいたけれど、それでも自分自身がこのままじゃ生きていけないって思って、全てを0に戻して海外に飛び立ったので、なんで、今まで積み上げてきたものとかって、海外じゃ何一つ通用しないし、あのー、例えばすごいこっちで有名な方がいったところで「あなた誰ですか?」ってなるだけですし、そこはもうほんと0からのスタートで頑張ってきたので、私自身もほんと0になって、だから色んなものを一回全て私は無しにして0にもどしたから、できてるのかな。と。

クニカツ― ふむふむ。
TiA

あと、たぶんみんなやろうやろうと思ってもやれてないのは、たぶん本当にやろうと思ってないんじゃないか。と思ったりもするんですね。絶対やろうと思っていたら絶対できるはずなのに、なんかしら理由をつけたりとかするから。前までは私も何かしら、んー「でも、でも、でも」ばっかりだったんですけど。「でも」って言葉を言わない様にしたりとか。本当にやりたいんだったら、やるべきですよね。それで自分がこうだからできないよ。じゃなくて、本気でやる気さえあればできるはずなんですよねって思うんです。

【野望】日本の世界だけじゃなくて、世界に通用するアーティストになること。

TiA

今も世界に挑戦はしてますけど、それをもっと本当の意味で世界的アーティストになれるようになりたいですね。

クニカツ― なぜ世界に挑戦するのですか?
TiA

NYで歌ってるので。やっぱり世界のTOPのアーティスト達とかそういう方と一緒にステージに立たせて頂いた事や、ゴスペルを通してほんとにTOPの方の後ろでクアイヤーをさせて頂いた事もありますし、なんかそういうやっぱ本物をみた時に、日本規模ではなく、世界規模で歌える人になりたいな。と思いました。

クニカツ― 日本を出なければ思わなかったですか?
TiA

そうですね。やっぱり日本にいると日本だけの価値観を生きていたので、なんかやっぱ飛びたした方が。日本だったらすっごい飲みに行ってたんですけど、NYって自分の目標とかやるべき事があってやる人が多いじゃないですか。私もNYに住んでいて、ただ生活をNYでするっていうんじゃなくて、もうとにかくやれる事を短期間でやれるだけやりたい。やろうっていう気持ちの方が強いので。ほんと毎日を精一杯、毎日を懸命に生きるっていう事をしたくて、1日1日無駄にしないで、懸命に生きていれば、NYだったら必ずチャンスはあるし、応援してくれる人はいるし。って思います。

贈る言葉『いつか笑顔でこの話をしよう。 大丈夫、大丈夫。』

クニカツ― TiAさんが辛かった時を振り返って、今の自分がその時の自分に言ってあげたい言葉とかあります?
TiA

全て大丈夫だよ。っていうか、いつか笑って話せる日がくるから。って。いう感じですね。

私、「生きてさえいれば」って曲があって。それも私が書いた曲なんですけど。その曲の中の歌詞の中でも、「いつか笑顔でこの話をしよう。」っていうフレーズがあるんですね。きっと生きてさえいれば、いつかこの話も笑顔で話せる日がくるから。だから大丈夫だよ。っていうのを伝えてあげたいかなぁ。って思います。

クニカツ― 最後にTiAさんにとって歌とは、歌うって事はなんでしょうか?
TiA

生きるってことです。

 

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TiA

TiA - singer / Japanese recording artist.()
脱PAN年齢:26歳
海外出るとき捨てたもの:無し
NY(在住経験地:,
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今後の挑戦

  • 今やってる事を信じて好きなように生きていれば、今30代になるんですけど、30代,40代もきっといい歌が歌えて、それに伴っていい風な形になっていくっていう風になんか信じていて。なんかきっとそうなるって。またなんか、子供の時もきっと歌手になるじゃないですけど、きっとうまくいくって今、信じてるんですよね。だから思うようにやろうと思って。今後挑戦する事は決めない。きっとなるようになるからです。
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