自分の好きな時に、好きな人と、好きな場所に居たい

Ota SatoruOta Satoru - 投資家/起業家
 19歳でビジネスを始め、23歳で海外の不動産を購入し、27歳でニューヨークにビジネス移住し、2015年からノマド生活に挑戦する、ちゃとる、ことOta Satoru。 自分にストイックな彼は毎朝アサメンに徹している。やたらスイーツに詳しくホームパーティには必ず、おいしいデザートをもってきてくれる気を使える男。興味ないことには一切興味のないブレない男。 そんなちゃとるの生き方をLIVE。 

対談者:Dragon

Dragon

連れのイベントで知り合う。アサメン仲間。鍋仲間。

[公開日] 2015/01/11(最終更新:2015/08/07)

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8歳家族旅行でタイ

家族旅行でタイ
Dragon― そもそもなんで海外に行こうと思ったん?
Ota Satoru

両親が海外旅行が好きで、小学校卒業するまでに、オーストラリアとタイに家族で旅行してすげー楽しかった経験と、小学校3年生位から半ば強制的に母親に英会話教室に連れて行かれて、英語を話すことがそんなに苦じゃないっていうか、むしろ楽しいと思っていた経験が大元にあるかな。

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で、19歳の専門学生の時の夏休みにニュージーランドに3週間短期留学に行って、これがすげー楽しくって、同じ年の冬休みにオーストラリアに2週間短期留学に行って、その時位から将来は海外に住めたらいいなと漠然と思い始めて、その後偶然、貿易のビジネスを始めて、でその流れで住むことにした(笑)

19歳ヤフオクでアジアン雑貨の販売を始める

ヤフオクでアジアン雑貨の販売を始める
Dragon― 元々どうして自分でビジネス始めようと?
Ota Satoru

DTPデザインの専門学校に行った時に会社員辞めて学生に戻った同級生がいて、そいつが、『会社員はつまらんかったから、ここでデザインの勉強して自分で会社やる』って言ってて、そこでそういう選択肢もあるんやなーって、初めて思って、おれも自分で会社やったら面白いだろうなーって。

 

でも何から手をつけていいかわからなかったし、何をしたいのかもわからなかったから、とりあえず色々なビジネス関連の本を読み漁ってた。で、その時学校の友達の間でアジアン雑貨が流行ってて、おれもアジアン雑貨のバティックとかを部屋に飾ってて、偶然それをヤフオクで売ってみたら、買った値段より高く売れて、中古の物が買った値段より高く売れるんなら新品の物ならもっと高く売れるだろうと思って、新品売ってみたらもっと高く売れてってとこが原点かな。今はアジアン雑貨やってないけどね(笑)

Dragon― ビジネスをスタートしたのは何歳から?
Ota Satoru

アジアン雑貨をヤフオクで売り始めたのは19歳。

Dragon― でもアジアン雑貨はやめたんよな
Ota Satoru

アジアン雑貨は学生の時にアルバイトやるよりは割が良かったけど、生活出来るほどは稼げなかったんだよね。

 

Dragon― その後、サラリーマンも経験したんだよね?
Ota Satoru

アジアン雑貨の販売で飯食いたいなと思ってたんだけど、そこまでは稼げなかったから、サラリーマンもやったよ。勉強にもなると思ったし、サラリーマンも経験したら楽しいかもって思ったしね。

23歳株式で100万円負けたのを機に海外不動産投資を始める

株式で100万円負けたのを機に海外不動産投資を始める
Dragon― アジアに投資はじめたのは、サラリーマン辞めた後だよね?サラリーマン辞めても自分で稼げるようになったんだ
Ota Satoru

投資はサラリーマンやりながら勉強してて、アジアの不動産に投資を始めたのは、サラリーマン辞めるちょっと前からかな。

 

自分で稼げるようになったのは、サラリーマン始めた月と同じ月で、副業で輸入アパレルの販売を始めたら、初月からサラリーマンの給料を超えた(笑) でもまぐれかもしれないと思ったし、サラリーマンで社会経験も積みたかったから、2年8ヶ月は続けたよ。その間に副業の方もどんどん大きくしていって、資金も貯めていった。

 

Dragon― それで金の亡者と化したんか!
Ota Satoru

そうそう!って(笑) けっこうそういう感じに見られることもあるんだけど、初期の頃はけっこうお金にフォーカスしてた部分もあるんだけど、段々とビジネスしたり、投資したりってことが楽しくなっていって、今は面白そうな経験にフォーカスしてるよ。お金追いすぎて失敗もしたしね(笑)

 

Dragon― そうなんや!どんな失敗したん?
Ota Satoru

投資ではけっこう騙されたよね(笑) 今では笑えるし、良い勉強になったと思えるけど、当時は全然笑えんかったよね(笑)

27歳ニューヨークにビジネス移住

ニューヨークにビジネス移住
Dragon― 海外の中でもなんでニューヨークを?
Ota Satoru

初めてニューヨークに来たのは、2010年の6月で1週間のビジネストリップやったね。

 

最初はシカゴのアパレルの代理店に行って、ビジネスの可能性を感じて、『ここに住んでビジネスがしたい。』と思って、その後ニューヨークに行って、そのアパレルのメーカーに会いに行ったら、もうめちゃくちゃ可能性を感じて、『ニューヨークに住んでビジネスをやろう。』と思ったよ。

 

でも、ニューヨークがどういう街かも全然知らなかったし、自分がニューヨークに住むことで今のビジネスに支障が出る可能性もあるからとりあえず、2ヶ月住んでみようと思って、2週間後の7月頭から9月頭まで試しで住んだら、すごく楽しかったし、ビジネスも調子良く行けたから、一旦日本に帰って、準備をして本格的に2011年の1月から住み始めた。

 

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Dragon― そかそか。ニューヨークでビジネスしてて大変なことあった?
Ota Satoru

大変なことはいっぱいあったはず、なんやけど聞かれると出てこないなぁ、けっこうそういう経験も楽しめる方だから。強いて言えば、今ジュエリーとかも販売してて取引先のジュエリーメーカーとの交渉というか付き合い方は大変かな。

 

例えば、アメリカで販売してるジュエリーってひっかき傷があっても問題なかったりするんだけど、日本では小さなひっかき傷でもクレームに繋がるから販売出来ない、初めの頃はそれを理解してもらえなくて、取引を辞められそうになったりしたよ。

 

 

Dragon― ジュエリー系っていったらやっぱりユダヤ人系?
Ota Satoru

そうそう、ニューヨークのジュエリー業界を牛耳っているのはユダヤ人だよ。彼らは商売に対してすごくシビアだから付き合い方にも気を使うところもあるし、信頼を得るのに時間もかかったよ

 

野望時計のメーカーになって自社ブランドを持ちたい

Ota Satoru

30歳までに1億円の資産を貯めて、ハワイでセミリタイア、ってのはビジネスを始めた初期の頃の野望で(笑) 今は時計のメーカーになって自社ブランドを持ちたいな。これは既に動いてて、中国の工場とも少し話をしてるよ。

生き方自分の好きな時に、好きな人と、好きな場所に居たい

自分の好きな時に、好きな人と、好きな場所に居たい
Ota Satoru

自分の好きな時に、好きな人と、好きな場所に居たい。

 

そうなれるようにパソコン1台で海外に行っても仕事出来るような体制にしてきたし、投資をしてきたのも、自由になるため。2015年は少しずつそれをやっていこうかなと思って。1〜2ヶ月毎に住む場所変えて、ノマド的な生活をしたいなと思ってる。

 

とりあえず、1月にフィリピン行って、2月か3月に香港行く予定。ノマド的な生き方の話をすると、皆ハードルが高いと思ってるみたいで、羨ましいみたいなこと言われるんだけど、実はそんなことなくて、シェアハウスとかゲストハウスとか家賃が安いところに滞在するし、生活費も15万円〜20万円位でも出来るから、もっとたくさんの人にそういう選択肢もあるんだと思ってもらいたい!

 

贈る言葉無茶をするなら若いうちが有利、やらないで後悔するよりはやって後悔しろ!

無茶をするなら若いうちが有利、やらないで後悔するよりはやって後悔しろ!
Ota Satoru

おれは20代でけっこう大きな投資の失敗をしたんだけど、それが勉強になったって今笑っていられるのも20代での失敗だったからだと思う。これが50代60代でなけなしのお金を投資してでの失敗だったら、笑っていられないと思う。

 

若ければ若いほど、リベンジするチャンスもいっぱいあるから、とにかく若い時に始めた方が良いよ!

 

今日がこれからの人生の中で一番若い日だから!そして、とにかく行動行動行動でやっていけば、失敗しても勉強になるから後悔しない!でもやらなければ、年をとってから後悔するぞ!

Ota Satoru

Ota Satoru - 投資家/起業家(Age:34)
脱PAN年齢:27歳(,
ノマド(在住経験地:, , ,
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