旨い日本酒を世界に届ける。

赤星慶太(Keita Akaboshi)赤星慶太(Keita Akaboshi) - 赤い酔星
若年の頃から、自分の出来ない事があるのが許せず、空手・サッカー・トランペット・モトクロスと、様々な分野に挑戦して経験を積んで来たメチャクチャ熱い男。 誰よりも日本酒を愛し、 誰よりもお客さんとのふれあいを大事にする ニューヨークで一番熱い唎酒師。 その熱さ・人柄から、 蔵元からも絶大な信頼を寄せられており、 その期待に応えて、より旨い日本酒を もっと多くの人に知ってもらうためにアメリカで大奮闘中!!

対談者:U-KING

U-KING

高校卒業後、即渡米していた為、日本酒が全くの未経験だった俺に、一から日本酒のいろはを教えてくれた熱い人。何より熱い!!こんな熱い人が、情熱をもって日本の為に。日本の文化の為に。NYで奮闘されています!是非、一緒に日本を変えましょう!!と溜まり場に勧誘させてもらいました!!感謝!

[公開日] 2013/01/12(最終更新:2017/01/16)

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10歳親に夜の神社の木にくくりつけられる

U-KING― 親は怖かったですか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

親父は俺と似てるねんけど、性格も顔も瓜二つ。

すごい熱くて怖いけど、影響受けた部分はめっちゃでかいねん。

 

昔は神戸の会社で社長をしてたんやけど、

借金を背負わされて首になってもーて。

そっから生活費を稼ぐために、

毎日お袋と親父で新聞配達をしてくれててん。

 

そんな状況でも、親父は全然冒険心を失ってなくて、よっしゃこっから再出発や!っていって、

英語も話されへんのに、外国の会社で働くって言い出してん。

 

そっから毎日辞書みたいなのを見て勉強して、

ほんまにディーゼルエンジンを作ってるフィンランドの会社にエンジニアとして再就職してん。

いつも船にのって世界を周ってるよ。

 

親父すげーなってほんまに思ったよ。

 

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21歳モトクロスを始めるも、大事故を起こす

U-KING― 色んな事に挑戦してますよね?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

俺ってめっちゃ影響を受けやすい体質で、

なんでもええなって思ったらすぐやっちゃう。

もしかしたから動物園の飼育員になってたかもしれない笑。

 

モトクロスとかも、最初は全く興味なかったんやけど、たまたま知り合いにオフロードのレースに誘われて出たら、それがめっちゃ怖かってん。 途中でびびって棄権したんやけど、そっから火がついたな笑。

 

 

U-KING― モトクロスで事故って?  
赤星慶太(Keita Akaboshi)

バイクのアクセルがもどらんくなって、

ジャンプ台に全速力でつっこんでもーて

正面にあった崖に頭から衝突した。

20m以上落ちて、バイクが上からおちてきて、

下にあった水の中にズブズブ沈んでいってん。

 

そっからバイクはもうあかんくなったなぁ。

26歳アメリカに渡り、日本酒営業を始める

U-KING― なんで日本酒営業を始めたんですか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

親父はもちろんやけど、今の仕事をやってるのは

蔵元の杜氏さんに影響を受けたのが大きいかなぁ。

 

職人のコダワリっていうのかな。

技術の領域を超えたものがある気がする。

例えば、お米を洗うのに感覚だけで洗ってて、 あ、これおかしいな?とかいうのが肌感覚で分かったりしはんねん。

 

それは、何十年という下積みを経てるからこそ初めて出来るものやと思う。それがめっちゃかっこええなって思ってんな。

 

こんなかっこいい人たちが作ってるほんまに旨い日本酒を、もっと広めていく必要があるって感じたのはその時やったなぁ。

 

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34歳勤めていた会社をいきなり首になる

U-KING― どうしていきなり?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

前の社長が金をポケットに入れて、それを追求したら首になってん。

 

日本とアメリカに会社があってんけど、 日本の従業員は知ってて従ってるだけやった。 アメリカで働いてる人は、曲がった事が嫌いで一歩もひかんかった。

 

そしたら、ある日いきなりアメリカで働いてた人全員首になった。グリーンカード(アメリカの市民権)申請も一歩手前までいってたのに、 手続き取り消しされてしまって、アメリカにおられんくなって 日本に帰らなあかんくなった。

 

目の前にでっかい壁が出来た気がして、 この時期はすごい落ちたなぁ。

35歳東京で1年間もんもんと暮らす

U-KING― そこから東京に帰ったんですか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

毎日、東京のウィークリーマンションで コンピューター開いてやれることをやろうとした。

 

でも酒関係の仕事は全く出来へんねん。 その首になった会社に裁判で訴えられて争ってたから。 今までの顧客とか、もろもろのことで因縁をつけられててん。

 

多分人生で一番落ち取ったけど その代わり時間だけはあったから、 蔵元さんとこをめっちゃまわった。

 

そこで俺の想いに協力してくれる蔵元さんが増えてきて、 落ちてる俺をなんとかしようとしてくれて、 蔵元さん同士が集まって会社を設立して、 サポートをしてくれることになってん。

 

結果的には、この時期があったから 俺はアメリカに戻ってくることが出来たし、 色々仲間を増やす事が出来たと思う。

 

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36歳日本酒バー開店に携わる

U-KING― 念願の日本酒バーを始めてどうでしたか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

最初の方、お客さんが自分の作ったメニューを見てドンドン帰ってった。なんでかっていうと、自分の知らん酒が並んでたから。

 

自分の信念が音をたてて崩れていくのを感じて、毎日ほんまにつらかった。

 

店のオーナーにも、お願いだから有名な酒を入れてくれっていわれた。でも、俺は売れてる酒は意地でもおきたくなかった。売れてる酒をおいていたら絶対に売れるのはわかってるけど、そういうのは、俺が伝えたい本当に旨い酒じゃなかった。

 

もっと旨い日本酒を吞んでもらうために何が出来るか、表現方法とか色々と試行錯誤した。売れてない酒をわざとガンと前に出して、酒の文化とか、水の説明とか、起源とか入れだした。

 

そしたら、大分お客さんが戻ってきてくれてん。

俺はやっぱり間違ってなかった。

 

お酒を作ってる酒蔵のおじいちゃんに報告したら、自分が作った酒がマンハッタンで売れてるってきいて、涙を流してぼろぼろと流して喜んでくれた。

 

「お酒を作ってる人とお客さんの距離を縮める。」それが俺がやっていかなあかん事なんやなって、改めて思ってん。

野望『旨い日本酒を世界に届ける。』

U-KING― 赤星さんの野望は?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

お酒の味は、言葉でほんと全部変わる。

第一の造り手は、酒蔵の杜氏さん。

第二の造り手は、俺ら唎酒師やと思ってる。

 

アメリカにきて13年。

ずっとお酒を売ってきた。

昔は3ケース売れたら良い方やったのが、

今では2500ケースとか平気でうれてく。

 

だからこそ、今本当に旨いお酒を届けなきゃいけないと思う。日本酒を知らない人にも、もっと吞んでもらいたい。

 

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生き方『自分の店を日本に持ちたい。』

U-KING― 理想の生き方を教えてください!
赤星慶太(Keita Akaboshi)

旨い日本酒を世界に届ける為に、

自分の店を日本に持ちたい。

カウンターベースの小さい店。

 

自分がお客さんの顔を見れるくらいの大きさがいい。お客さんからもらえる「旨い!」って言葉が 一番の報酬やし、何よりめっちゃ勉強になる。

 

日本酒は、お客さんの人生経験次第で全然感じる味が変わるから、 話しながらうまいこと出す酒を見極めていかな駄目やねん。

 

後は、様々な日本酒の魅力を伝えるためのイベントをやって、 特に日本の若い子に、もっと日本酒の美味しさを伝えていきたい。

 

今はアメリカでは調子良いけど、日本で吞まれなくなったら、日本酒はドンドン廃れていってしまうから。

贈る言葉『やるだけ。』

U-KING― 今から挑戦しようとしてる若者に、贈りたい言葉を一言お願いします!
赤星慶太(Keita Akaboshi)

「やるだけ。」

 

何も考えずにやるっていうことではなくて、 一回やってみてみよう、ということ。 それによって生まれてくるものがある。

 

人生は一度しかないから、考えすぎるより 動きながらしか見えへんものも一杯あると思います。

赤星慶太(Keita Akaboshi)

赤星慶太(Keita Akaboshi) - 赤い酔星(Age:43)
脱PAN年齢:26歳(
東京(在住経験地:, ,

後日談

43歳初インタビューから3年後

U-KING― この三年を振り返って如何でしょうか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

自分の長所を客観的にみれるようになった。

 

自分の周りには良い人がすごい集まってくれて
それは客観的に見るとすごい長所なんじゃないかって
思うようになった。

 

だから自分は経営サイドじゃなくて、
お客さんとの面着でやるのが一番生きる。
お客さんと話して、その輪を広げていくのが
自分の強みなんだなと思う。

 

あと今までお金がないと店はできないと
おもっていたけど全然そんなことなかった。
自分の強みを活かして
あとはやるだけ、動き出す。

 

もちろん苦しいことも沢山あったけど
それが実践できた三年間だと思う。

U-KING― なぜ18年住んだニューヨークを離れ、日本帰国を決意したんですか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

ニューヨークで三店舗の
日本酒バー立ち上げに携わってきて
特にNYの「Kirakuya」という店では、
店のメニューはもちろん、
内装からコンセプト作りまで、
全て自分で監修することが出来た。

 

全部の店がとてもうまくいって、
日本から蔵元さんを呼んで
日本酒ナイトをよく開催してたんやけど
蔵元さんがびっくりするくらい日本酒が売れた。

 

山形の新藤酒造さんのお酒、
「雅山流ナイト」をやったときは、
一晩で100本以上日本酒が売れて
日本でもこんなに売れることないと
蔵元さんが驚いていた!

 

飲食店の人とのつながりだけじゃなくて、
お客さんとか紹介でつながりがばんと広がったのも、
日本酒バーの立ち上げに関わり始めてからやった。

 

ただよく言われてたのは、
アメリカだから成功したんじゃないかと。
日本だったら成功しなかったんじゃないかと。

 

自分の中でもコンプレックスがあって、
日本で自分の実力を試したかったし
人生一回きりの中で、今うごかんかったら
もう絶対動かれへんとおもったから、
全くコネのなかった日本で勝負することを決めてん。

 

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U-KING― 帰国後1ヶ月で物件契約ってすごいですね!
赤星慶太(Keita Akaboshi)

NYのKirakuyaでシェフとして一緒に働いていた
くまがいと一緒に店をやるって決めて、
たまたまその時くまがいが六本木に住んでた。

 

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で、一件目の不動産屋にはいったら、
たまたま今の物件だけが空いてて、
内覧してすぐにここでいくって決めてん。

 

周りにはすごい驚かれたけど、
冗談抜きに、まだ何もないスペースに、
バーとかお客さんが入ってる様子が
リアルに想像できてん。

 

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ビルの7階やから、ビルに入ってる全ての店に
挨拶にいってんけど、みんなに反対された。
東京でお店やってたんですか?
芸能人の知り合いいるんですか?
そうじゃないと難しいですよって。

 

でも反対にそれで腹が決まった。
反対されるとすごい燃える!

 

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U-KING― 特に集客が難しそうな立地で、どのように集客かけましたか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

麻布を中心に酒バーをまわって、
これはいけると確信してん。
店員の日本酒に対する愛情が感じられない。
ものをうるためのツールのとしか捉えてないんじゃないか?

 

すごいマニアックなところはマニアックなんだけど、
なんかその中間がない気がしてん。

 

ただ場所も決まったけど、0から作ったから
お金もめちゃくちゃかかったし、
ここからガンガンいけるかなと思ってたけど
なかなか思う通りにいかなかった。

 

アメリカでやってたときはそれなりに人がいたけど
日本は完全に自分らでやらないといけない。

 

そんな中、やっぱ自分の人生が、
人の繋がりで成り立っているなって
すごい感じてん。

 

今までお世話になった蔵元さんがきてくれたり
NYで来てくれてたお客さんにすごいささえられてん。

U-KING― なぜこんなにメディア掲載されたのでしょうか?
赤星慶太(Keita Akaboshi)

自信がないとあかんと思う。
成功するという気持ちをもたなあかん。

 

NYでやってきた経験で、自分の技術
「ペアリング」というものが受け入れられた。
完璧に酒と料理を合わせますと言い切る。
そこで初めて自分も勝負ができる。

 

メディア掲載がこんな早くできたんは、
もともとNYにいたときに日経ビジネスで
特集を組んでもらったことがあって、
そこの記者さんと仲良くさせてもらってたから、
そのご縁がきっかけで、メトロミニッツとか、
東京カレンダー、高級車の雑誌とか、
様々な媒体で取り上げてもらった。

 

やっぱり自分は周りの人との
ご縁に活かされてるとつくづく思う。

 

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U-KING― 次の目標を教えてください!
赤星慶太(Keita Akaboshi)

今、世界中で進化しているのは日本酒だけ。
ワインは基本はぶどうジュースでしかない。

 

日本酒何がすごいのは、酵母とか麹もかえれる。
製法もかえれる、低温とかお米をあんまり
磨かれないとかも出来る。

 

世界に出る前に、日本でもっと飲まれる世界をつくる。
蔵元が1000蔵きったら終わりだと思う。

 

日本酒は好きな人と嫌いな人の差が激しい。
日本酒が苦手な人や全く飲んだことない人に、
日本酒を楽しく美味しく飲んでもらって、
感動してもらってファンを増やしたい。

 

帰り際に、すごい美味しかったですといわれるのが幸せ。
そういう人らがどんどん友達を連れてきてくれる。
飲めない人がファンになってリピート率が上がる。

 

そういう人らが日本酒会をはじめてくれて、
日本酒人口をもっと増やしていくのが
自分が生涯かけてやっていく仕事やと思ってる。

 

日本酒というのは人臭さであってほしい。
日本酒を新しい視点で捉えてほしい。
なんで俺らは日本人で、
なんでこの場で日本酒を飲んでるんやって。

 

俺自身も日本酒に出会って価値観がかわった。
食に対して一食一食大事にしようと思った。
あと人生何回飯を食えるかわからへんなかで、
自分も美味しいそういう店にいきたいし、
「赤星とくまがい」もそういう店にしたい。

 

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