ハッとさせる

Tomoyuki TamuraTomoyuki Tamura - ヘアーメークアップアーティスト
ニューヨークでフリーランスのヘアメイクアップアーティストとして活躍する田村さん。年に4回、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミラノと世界のトップファッションショーを飛び回り、「マーク・ジェイコブス」や「ルイ・ヴィトン」といった数多くの一流ブランドの仕事に携わっている。 ファッションショーだけでなく、雑誌、カタログや広告と本場ニューヨークで幅多くの仕事をされている田村さん。 元々は北海道で美容師になり、上京してヘアメイクアップアーティストの道に目覚めニューヨークに来た。 貧乏時代や英語の壁をなんとか乗り越え、自分の居場所をつかみとった田村さんの、生き方にせまる。

対談者:Dragon

Dragon

挑戦者(Kodo Nishimura)さんの紹介。世界の大舞台で活躍されてるのに全くそういう感じのオーラは出さず、すごくやわらかな物腰で接してくれました。「人間性重視」の溜まり場にはぴったりの挑戦者です。

[公開日] 2014/04/09(最終更新:2015/08/07)

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25歳アシスタントしてヘアメイクをはじめる

アシスタントしてヘアメイクをはじめる
Dragon― いつからヘアメイクの仕事をやろうと思ったんですか?
Tomoyuki Tamura

やっぱり美容師をしていると

お客さんがこういう髪にしてほしいって

雑誌をもってくるじゃないですか。

その写真っていうのは、

だいたいセレブとか有名人の写真で

ヘアメイクアップアーティストの人が

つくったヘアの写真なんです。

 

そういうのを見てると、

そっち側の仕事がしたいなと

思うようになりました。

 

 

Dragon― まず日本でヘアメイクの仕事をやり始めたんですよね?
Tomoyuki Tamura

そうですね。

6年くらい美容師としてサロンで働いて

そこからサロンをやめて

2年くらいヘアメイクアップアーティストの

アシスタントをやりました。

 

それからフリーランスとして独立して

1年後にニューヨークにきました。

 

 

Dragon― アシスタントをしてた時は人生で一番貧乏だったと聞きましたが。  
Tomoyuki Tamura

日本のアシスタントは基本的に

お金がもらえないんです。

僕も週5は働いてましたけど、

収入は0でした。

 

テレビの黄金伝説とかで

1ヶ月1万円生活とかってありましたけど

本当にあんな感じの生活を続けてましたね。

家にもシャワーがなくて、

外にあるコインシャワー使ってたほどですw

 

あとはバイトをたくさんしました。

でもヘアメイクのアシスタントって

前日に急に仕事が入ったりするんです。

それでバイトのシフトに対応できなくて

よく首になってましたねw

 

 

Dragon― アシスタントってめちゃ大変なんですね。アメリカではお金も払ってもらえますもんね。
Tomoyuki Tamura

そうですね。

日本でアシスタントしてる人は

NYより大変かもしれませんね

 

Dragon― そこからニューヨークに来るまでのお金はどうやって溜められたんですか?  
Tomoyuki Tamura

そこから独立して仕事をしながら

なんとかお金をためました。

 

29歳ニューヨークにくる

ニューヨークにくる
Dragon― どうしてニューヨークに来ようと思ったんですか?
Tomoyuki Tamura

パリコレなどのハイブランドの現場、

雑誌の仕事を見てみたく、また、

日本でフリーのヘアメイクの仕事を

1年ほどやってたんですけど、

上のレベル人たちと仕事をさせてもらったときに

「君はどこの国に行ってたの?」って

聞かれることが多かったんです。

 

その時に、

あぁそういうのって大事なんだ、

みんな海外経験を重視するんだって

思ったのが一つのきっかけにもなりました。

 

日本でばりばりやってる人はやっぱり

海外での経験がある人が多かったので、

自分も一度世界で仕事をしようと思いました。

 

 

Dragon― どうしてパリやロンドンではなくニューヨークだったんですか?
Tomoyuki Tamura

パリだとフランス語じゃないですか、

どうせ語学を身につけるんだったら

英語がいいなってのはありました。

 

あとロンドンとニューヨークはすごく

迷ったんですけど、最終的には

大きな仕事が身近に体験できる

ニューヨークを選ぶことにしました。

 

 

Dragon― 大きな仕事とはどういうことですか?
Tomoyuki Tamura

たとえばロンドンは

若手が育ちやすいと言われています。

それは雑誌の種類もたくさんありますし、

他の若いアーティストと組んで、

自分で仕事を動かせる機会が多いんです。

 

それに対してニューヨークは

雑誌の数も少ないですし、

若手が自分で仕事を作りだす

機会がなかなかないんです。

 

その分、世界的に影響力がある仕事や、

世界中の一流の人と仕事をすることが

できる世界でもあるんです。

 

だから先輩にはロンドンで実績を積んで

その実績をもってニューヨークに行った方が

いいんじゃないかと勧められました。

 

でも僕はそういう一流の世界を

早く見てみたいって想いが強かったので

ニューヨークを選びました。

 

 

Dragon― すごいアーティストはニューヨークの方が多いんですか?  
Tomoyuki Tamura

僕はそう思います。

カメラマン、メイクアップアーティスト、

ヘアメイクアップアーティストも

ニューヨークには有名な人がたくさん住んでいます。

一緒に仕事をさせてもらってる、

業界でも有名なグイード・パラオは

イギリス出身ですが拠点をニューヨークに

うつしましたし、そういう方はいっぱいいますね。

 

31歳アーティストビザ取得

アーティストビザ取得
Dragon― ニューヨークに来ていきなりヘアメイクの仕事ができるもんなんですか?
Tomoyuki Tamura

はじめは知り合いもいないし、

英語もできなかったので大変でした。

 

まずは語学学生できて、

英語を必死に勉強しながら、

少しずつ色々な場所に顔を出して

つながりをつくることからスタートでしたね。

 

そこから徐々につながりの中から、

仕事を紹介してもらうことも出て来ましたが、

学生ビザだと基本的に仕事はできないので

機会は多くなかったですね。

 

2年半たった後、

やっとアーティストビザに

切り替えてから本格的に仕事が

できる環境になってきたと思います。

 

今一緒に仕事をさせてもらってる

グイード・パラオという世界的に有名な

ヘアスタイリストと知り合ったのも

そのころです。

32歳グイードのチームでファッションコレクションの仕事を始める

グイードのチームでファッションコレクションの仕事を始める
Dragon― グイードさんのチームではどういう仕事をされてるんですか?
Tomoyuki Tamura

「マーク・ジェイコブス」や

「ルイ・ヴィトン」など

年間150以上のショーに入ります。

年に4回ニューヨーク、ロンドン、

パリ、ミラノと移動しながら、

メンズ、レディース、オートクチュールと

呼ばれる高級仕立て服の

ヘアメイクをさせてもらってます。

 

 

Dragon― 色々な国に行けてそれもトップクラスの仕事ができて最高に楽しそうですね。
Tomoyuki Tamura

楽しいってよりは大変って

思いが強いですけどねw

 

ファッションウィークでは

毎日色々なブランドのデザインが

出されるので、それに合わせて

毎日テストやショーの準備があります。

 

一日の間に

テスト、ショー、テスト、ショー

って日程もあったりして

めちゃめちゃ大変です。

 

最後のmiu miuのショーが終わった時とかは

開放されたぁ!って気分になりますw

 

 

Dragon― それでもやっぱりこの仕事は続けたいって思いますか?
Tomoyuki Tamura

そうですね。

やっぱりファッションの最先端が

分かるって経験はとても代え難いです。

たとえばグイードが今回のショーは

前髪をつくろうって方向性を決めたときに

ほとんどのブランドでモデルさんの

ヘアで前髪をつくったんです。

 

すると世界的に前髪が流行るようになって

やがて日本でも前髪が流行りだしたり。

そういうファッションの流れがわかったり、

それだけ影響力がある仕事を体験できるのは

すごく楽しいです。

33歳メトロポリタンの仕事に携わる

メトロポリタンの仕事に携わる
Dragon― ヘアメイクの仕事でもフィルムとか雑誌とかショートかいろいろあるじゃないですか。田村さんはどの仕事が好きなんですか?
Tomoyuki Tamura

最近グイードの仕事だけじゃなくて、

自分がメインの仕事も多くやるように

なってきました。

ニューヨークにある店舗の広告をつくったり、

カタログのヘアメイクをしたり、

そういう仕事は楽しいですね。

 

グイードの仕事でメトロポリタン美術館で

仕事をしたのも楽しかったですね。

あれだけ有名な場所の裏側が見れたり、

入場料金50万もするイベントで

セレブばかり来るようなところで

仕事ができたのもニューヨークの醍醐味だと思います。

 

 

Dragon― ヘアメイクの仕事だと誰のアシスタントにつくか、が大事だってよく言われるじゃないですか。どうやってそんな大物と一緒に仕事ができるようになったんですか。  
Tomoyuki Tamura

元々は違う人のアシスタントについてたんですけど、

スケジュールなどがなかなか合わなくて。

そんな時にちょうど知り合いの紹介で

グイードを紹介してもらったんです。

 

ちょうどこっちにきて3年たったころでした。

 

 

Dragon― それでも一回使って終わりの人と、継続的にアシスタントになれる人、って全然違いますよね?  
Tomoyuki Tamura

そうですね。

僕もそういう経験はたくさんありました。

 

一回チャンスをもらってそこで

気に入ってもらえないと2度はないかもですね。

 

 

グイードの時はラッキーだったと思います。

 

 

Dragon― いまはグイードさんの仕事も断られることも増えてきたんですよね?  
Tomoyuki Tamura

やっぱり自分が主体になってできる

仕事も最近は出来るようになってきて

今までみたいに全部仕事をうけるって

ことはなくなりましたね。

 

それでも面白い仕事は受けるようにしています。

 

 

 

Dragon― 将来的には自分の仕事1本に切り替えていこうとされてるんですか?  
Tomoyuki Tamura

それは強く決めてるわけではないですね。

やっぱりグイードの仕事をやると、

ファッションの最先端の仕事ができるし。

色々な経験ができるんです。

 

それが自分の主体の仕事にも

生きることはあるので両方やっていくことが

今はすごく大事なことだと思っています。

野望ハッとさせる

Dragon― 夢を教えてください
Tomoyuki Tamura

本当は世界一の

ヘアメイクアップアーティストって

言った方がわかりやすいのかなって

思うんですけど、

僕はそういうのないんです、

すいませんw

 

でも、他の人が見て

自分が作ったって分かるような

自分らしいテイストの作品を

作っていきたいと思います.

理想の生き方日本とニューヨークを行ったりきたり仕事ができるようにしたいですね

Dragon― どうしてそう思われるんですか?
Tomoyuki Tamura

やっぱり両方好きなんです。

日本のご飯食べたい、って思うじゃないですか。

 

ニューヨークにいることで

世界のファッションの流れが見れるってのも

ありますし、両方いいとこがあります。

 

今でもやろうと思えば
出来るのかもしれないですけど、

やっぱり仕事で呼ばれる、くらいの

自分になって実現したいですね。

 

そうなるとまだ何年もかかると思いますけどw

贈る言葉思い切って来るということも 大切なことかもしれません。

思い切って来るということも  大切なことかもしれません。
Tomoyuki Tamura

もしヘアメークの仕事をニューヨークで

やりたいのであれば、

できれば日本で賞とかとって

アーティストビザをもらって

来れれば一番いいと思います。

 

僕は初め英語を学ぶためもあって

学生ビザで来たんですけど、

学生ビザとアーティストビザでは

仕事の選択肢が全然違います。

 

あと英語ですが、

僕もまだまだ全然話せないんですけど、

やっぱり本当に上までいこうと思ったら

英語はできないと駄目ですね。

 

なのでどこかで

なるべく若いときにしっかり

英語を学ぶことができたら一番いいと思います。

 

でも正直に言っちゃえば、

ヘアメイクの仕事って他の仕事と比べれば、

それほど英語が重視されるわけではないので

僕みたいに英語がネイティブに話せなくても

なんとなく出来ちゃいます。

 

もちろん上に行こうと思えば

必ず必要になってきますが、

まずは思い切って来るということも

大切なことかもしれません。

Tomoyuki Tamura

Tomoyuki Tamura - ヘアーメークアップアーティスト()
脱PAN年齢:29歳(,
ニューヨーク(在住経験地:, ,
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