過去25年で作った売上を、これから5年で追い抜く。

中川扶二夫(Nakagawa Fujio)中川扶二夫(Nakagawa Fujio) - 成長し続けるハイパー起業家
「お客様に“快適”を提供する」という理念の下、25年前に0からニューヨークに移り住み起業。今では、旅行代理・出版・人材派遣の分野で5つもの会社を設立・経営しているハイパー起業家。 今では、ニューヨーク・ボストン・ハワイ・ロサンゼルス・シカゴ・デトロイト・コスタメサ・ハワイ・東京・大阪と、世界中にオフィスを構えるまでに拡大。 毎月1回は、国内・海外出張。年数回は、各支社に訪れており、まさに世界を股にかけて大暴れ中の今ニューヨークで最も注目されている起業家の生き方をLIVE!

対談者:U-KING

U-KING

たまたま参加していた起業家の会の講師として来られていた中川さん。その熱い思想と行動する姿に感銘を受け、溜まり場へ勧誘。即答で参加を表明してくれました!

[公開日] 2013/04/06(最終更新:2017/03/08)

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18歳サンフランシスコの大学へ遊学

U-KING― 何故アメリカに留学されたんですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

アメリカ映画を観て憧れたんです笑。

そして、アメリカ人と結婚したいなーって思った。だから、大学入学とともにサンフランシスコに留学したんです。

 

 

U-KING― どんな影響を受けましたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

アメリカ人の習慣に触れられたのが大きい。

 

今まではどっちかというと内気なほうで、

人と話すときにも大汗をかくような青年だったんだけど、アメリカでは、きちっと意思表示をしないと誰にも分かってもらえないですから。

21歳東京で旅行会社へ就職

U-KING― その体験は仕事にも活かされましたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

日本に帰って初めて勤めた会社でも、

21歳にして色々な大役を任せてもらえて

色んな経験が出来たのは、自己主張が

きちっと出来た部分が大きいと思います。

 

僕が任せてもらっていたほどの範囲を、

他に任せてもらえている人はいなかったですからね。

 

 

U-KING― 何故、旅行業界に就職されたのですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

「アメリカで働く=旅行会社だと機会が多そう!」という理由で、旅行業界に就職を決めました。

 

僕が就職を決めた会社は、

ハワイにも支社を持っていたので、

勤めていたらハワイ勤務出来るんじゃないか

と思い、その機会を伺っていました。

 

ある年、年末年始の忙しい時期に、

ハワイに臨時ヘルプに行く機会が有りました。

僕を含めて5人程が派遣されたのですが、

自分を売り込むチャンスだと思ったので、

他のスタッフの10倍がむしゃらに働きました。

 

それがハワイの支店長に認められて、

本社にかけあってもらって、

念願のハワイ採用が実現したんです。

25歳ハワイ支店の支店長昇格

U-KING― 念願のハワイでのお仕事はどうでしたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

ハワイでは、ほとんど24時間勤務でした。

最初、余り他の社員がついてこない事に悩んで

友人に相談した所、「他のスタッフのたった

2倍しか働いていないから、不満をもたれるんだよ。駐在員は給料が高いと思われているから、

5倍働かないといけないよ!」と言われました。

 

そこで、僕は今まで以上働きました。

他の社員より仕事量をこなせば、

絶対に誰にも文句は言われないですからね。

そうしている内に結果もついてきて、若輩者ながらハワイ支店長に抜擢して頂く事も出来ました。 

 

ところが、しばらくして会社の景気が悪化して、

日本に呼び戻される事になってしまいました。

本音ではアメリカに残りたかったのですが、

どこの馬の骨ともわからない自分を

支店長にまでしてくれた社長に恩を感じていたので一旦帰国することにしました。

27歳東京ツアーセンターの所長昇格

U-KING― どうやって海外に再挑戦されたんですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

4年後、会社がまた持ち直してきた頃、

また自分の海外志向が高まってきたのを

感じました。社長に相談をしたところ、

一度は引き止められましたが、

僕の情熱に観念したのか

「どこへ行きたいんだ?」

と聞いてくれました。

 

僕は迷わずに、

「ニューヨークです!」

と応えていました。

28歳ニューヨーク支店を0から立ち上げる

U-KING― 立ち上げるのは大変でしたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

大変でしたね。

お金は5万ドル程、会社から

出資してもらっていましたが、

とりあえず全くNYに知り合いが

居ませんでしたから。

 

銀行に行ってお金の工面をしたり、

会社の設立方法を弁護士に聞いたり、

イエローページを積み上げて

机と椅子の代わりにしたり。

オフィスに来た人が驚いていましたよ笑。

 

ただ、そこから応援してくれる人

とかも居たりして。この時期は

すごい楽しかったですね!

 

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29歳会社を辞め、完全に独立

U-KING― 会社を辞めて独立したキッカケはなんでしたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

ちょうどその頃、日本では

バブルがはじけたんです。

社長から、もう一回日本に

帰ってきてくれないかと言われた。

僕は正直、恩があったので迷いました。

 

でも、せっかくNYに来て、会社を

立ち上げたばかりだったので、

残らせてほしいと社長にお願いをしました。

両親にもお願いをして出資して

もらっていた5万ドルを工面して、

100%オーナーの社長になったんです。

 

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29歳Ocean Express(現AVA)設立

U-KING― 独立後、一番苦しかった時期はいつですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

911のテロでずっと順調だった仕事が、

上手くいかなくなった時ですね。

誰もあの時期は飛行機に

乗りたがりませんでしたからね。

 

他の会社は結構リストラを

行っていましたが、私は今まで

貯めていた貯金を全額はたいて、

従業員の雇用を守りました。

 

家族経営をモットーとしていましたからね。

 

いよいよ貯金が尽くぞ、というときに

お客様が戻ってきてくれて回る様に

なって、とても助かりました。

 

僕はとてもラッキーなんです。

 

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43歳Actus(人材業)設立

U-KING― その後、どのような対策をされましたか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

これは、いよいよリスク管理を

きちっとしなきゃいかん、という事で、

今までも開いていた支店長クラス限定の

新規事業立ち上げ会議に、一層熱が入りました。

 

実はみんな、本当はレストランを

やりたかったんだけど、ノウハウも

全くなかったし飲食はやっぱり色々と

お金がかかる。ということで、元手の

掛からない人材派遣業を始める事にしました。

 

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53歳Aubey(飲食業)設立

U-KING― 数多くのビジネスを展開されていますが、何か成功の秘訣は有りますか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

今までの私のビジネスの広げ方は、

どこもかしこもってアメーバ式に

広がるのではなく、一個のビジネスが

上手く安定するまで待って、

そこから別のビジネスに手を出す感じです。

 

新規展開する時は、信頼出来る

ナンバー2と3を必ず送りだす。

もってる全力で勝負するんです。

 

じゃないと、新規ビジネスは

上手くいかない。そんな甘いもの

じゃないと体感しています。

 

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野望『今から5年で、自分が過去25年で作った売上を追い抜く売上を新たに作る。』

U-KING― 今の目標を教えてください。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

IT、カフェ、おみやげ。

なんでも良いんです。

 

自分がやってきた事以外の

分野に進出したい。

 

今までは自社のリソースを使って、

一個一個石橋を叩きながら、

無理せずに着実にまわしてきたけど、

それだと向こう5年間で過去25年間で

作った会社の売上を追い抜くことは出来ません。

 

『2013年はスピード重視でいきます。』

 

今までは出資も余り受けていなかったのですが、

外部から積極的に出資を募っていきますし、

エキスパートをアウトソースしていきます。

 

単純計算で今までの5倍のスピードで

動かないといけないってことですからね!

今からとてもわくわくします!

 

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生き方「うちは世界一従業員の給料が良いんです。」 という自慢をしたいんです。

U-KING― 理想の生き方を教えてください。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

スティーブジョブスや孫正義のような

経営者の生き方が理想です。

 

「ただ多くのお金を稼いでいる。」ではなく

「うちは世界一従業員の給料が良いんです。」

という自慢をしたいんです。

 

そんな自慢をしている経営者、

余り居ないですよね?

会社がどんなに凄くたって

経営者にばっかり焦点があたっていて

従業員には滅多に光が当たらない。

それはおかしいと思います。

 

私は社会を幸せにする会社を作りたいです。

決して給料が全てだとは思いませんが、

いっぱい結果を出して、いっぱい稼いで、

従業員が働き甲斐を感じて幸せになってくれれば、幸せの感情は必ずお客様にも伝わります。

 

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贈る言葉『何が正しい事か、正しくない事か。』

U-KING― これからの挑戦者へ、メッセージをお願いします。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

『何が正しい事か、正しくない事か。』

きちっと判断して、絶対に損得で

動かない事が大事です。

 

一時的に得になったとしても、人を

騙していると必ずそれは返ってきます。

 

例えば、テストなどでカンニングをすれば、

一時的に良い点数は取れるかもしれません。

しかし、自分の実力にはなっていないので、

将来的に全く自分の役にはたちません。

 

誠実に人に接するようにすれば、

それは必ず自分に帰ってくるし、

周りにいい人ばかりが集まってくるから、

やろうとしている事も成功します。

 

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中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

中川扶二夫(Nakagawa Fujio) - 成長し続けるハイパー起業家()
脱PAN年齢:18歳(
ニューヨーク(在住経験地:, , , , ,
,

後日談

58歳インタビューから4年後

インタビューから4年後
U-KING― 中川さん、この4年間で一番きつかったことはありますか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

今が一番きついよー笑

 

U-KING― 今ですか笑
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

そう、新しく始めたメディアのビジネスが思っていたほどうまくいってないですね。でもこれからどんどんサイトも変えていくのでよくなると思いますね。この事業はかなり可能性があると思ってます。

 

 

U-KING― 元々メディアをやろうと思ってたんですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

やりたかった。ずっと興味はありましたね。2年前にちょうどメディアの会社を畳みたいという話を受けて、その会社を引き受けることになったんです。

 

 

U-KING― 買収ということですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

というよりは無償で後を継いだという感じですね。もちろんそのメディアは赤字が続いており、引き受けた後、人材も投入しデザインも全面リニューアルしたのでかなり投資はしましたが。笑

そのメディアにはユーザーがたくさんいたわけだし、失くしてしまうのはかわいそうだという思いもありましたね。

 

 

U-KING― 旅行代理店から人材紹介、海外出店のビジネスサポートから飲食事業までめちゃくちゃ幅広いですね!そして今度はメディアですもんね。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

そういえばイベントの会社もこの4年で始めますね。今はロスで年に数回日本のイベントをやってます。その他にもイベントサポートなどの仕事も受けてます。この事業も去年は赤字でした。せめて黒字にしてくれ、ってこないだ一任してる責任者に言ったところです笑 1万人以上も来たのにどうして赤字になったでしょうね。そういうことが重なってるということで、今が一番きついときです笑

 

 

U-KING― そうなんですね、イベントもメディアも海外だと収益を上げるのはなかなか難しいですもんね。中川さんニューヨークでもイベントやってますもんね。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

ニューヨークでは芸能人の講演会をスポンサーしたりコーディネートしたりしてますね。これもチャリティーだったりするんですけど。なのでビジネスというよりは、弊社のお客さまや被災者に喜んでもらいたいという思いでやっています。イベントはなかなか大変です。

 

 

U-KING― ほんとに幅広いですね、やっぱり中川さんはビジネスが好きなんですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

僕なんて全然ビジネス上手じゃないですよ。でも常にチャレンジしたいですね。誰もやったことがないようなこととか、自分が挑戦したことない分野にどんどん挑戦していきたい。だってそっちの方が面白いじゃないですか。

 

 

U-KING― なるほど、確かに中川さんからはいい意味であまりビジネスビジネスって感じ受けないなと思ってました。ビジネスではよく選択と集中って言われますが、あえていろんなことに挑戦されるって新しいですね。何かモチベーションの源泉みたいなのが他にあるんですか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

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そうですねー、例えばうちはビザサポートを会社が全部やってるんです。本当は会社と個人が折半だと思うんですけど。やっぱり僕は日本から海外に挑戦したい人を応援したい。そのためには旅行代理店をやりたい人ばかりではないと思うので、その人達がやりたい仕事ができるようにいろんな事業があった方がいいと思ってます。ビザを出すときにも、メディアの学部を出てたらメディアの事業があった方がビザが出やすいじゃないですか。そういうアメリカで頑張りたいと思っている日本人をサポートし、彼らの夢の実現に一肌脱ぐ事が他業種の会社運営をしている一番の軸になってるかもしれないですね。

 

 

U-KING― そんないい会社なかなかないですもんね。ビザサポートしてくれる会社だけでも少ないのに。実際にイベント事業やメディア事業もいい意味で完全に放任ですもんね。任せられてる人はやりがいとあると思います。
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

そうですね。放任はしてませんが、経営者でないので余り経営には口は出しませんね。株主としてそんなに儲けろとは言わないけど、せめて黒字にして欲しいです。笑 

 

まぁこれからどんどんバージョンアップしていくんでうまくいくと思ってます。飲食事業の方ももっと力を入れていきたい。

U-KING― 4年前のインタビューで2018年までに過去25年間の売り上げを倍にする、と宣言していただきましたがどうでしょうか?
中川扶二夫(Nakagawa Fujio)

あと2年ですね、大丈夫だと思います。

いや、大丈夫です!

頑張って達成します。

 

今後の挑戦

  • 2018年 過去25年で作った売上を、これから5年で追い抜く。
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