いきなり世界でもいいと思うんだよね。

濱田雄也(Hamada Yuya)濱田雄也(Hamada Yuya) - 人生のストライカー
子供の頃から家族や友達よりも 長い時間をサッカーボールと過ごす。 2008年、選手生活にピリオドを打ち、一念発起。 未経験の海外へと旅立つ。 慣れない環境、言語の壁といった様々な困難の中、自分のバックグランドを利用して、世の中のために何かできないかという想いから、サッカー振興を図る団体、 One Ball Run World設立に向けて奔走中。

対談者:U-KING

U-KING

共通の知り合いの紹介で出会い、一瞬で意気投合。全ての事に真剣に取り組み、常に何かを学ぼうとする姿勢には脱帽の一言。結婚のゴールを決めるそのスピードはまさに溜まり場のエースストライカー。

[公開日] 2013/03/07(最終更新:2016/01/12)

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24歳NY訪米。IACE TRAVER入社

U-KING― どうしてニューヨークにきたの?
濱田雄也(Hamada Yuya)

Hip Hopが大好きで、

最初はその憧れが強かったから、

ニューヨークを訪れたね。

 

ニューヨークに住むまでに

3回旅行で来てるくらい、

ニューヨークの街は大好きだった。

23歳ザスパ草津入団。

U-KING― ザスパ草津はどうだった?
濱田雄也(Hamada Yuya)

通常Jリーグはスカウトから

チームに入る選手が多いけど、

俺の場合はそこまで才能のある

選手じゃなかったら、トライアウトを

受けて、ギリギリのところで

ザスパ草津に拾ってもらった感じだね。

 

それこそ全国まわって、

採用試験っていうかトライアウト

受け続けたよね。

 

人生てうまくいかないもんで、

全然受からなくて、本当に

心が折れそうだった。

 

でもザスパ草津が草津温泉で

働きながら、トップチームを目指す

っていう道なら契約してくれる

とのことだったので、そこで決めた。

 

 

U-KING― 草津温泉つかりほうだい?
濱田雄也(Hamada Yuya)

練習の後には、毎日浸かってたね。

毎日入ってると、温泉の湯の質が

体でわかってくるんだよね。

 

オフの日に実家の風呂に入ったけど、

もう入れないよね。

24歳NY訪米。IACE TRAVER入社

U-KING― どうやってIACE TRAVELに入社が決まったの?
濱田雄也(Hamada Yuya)

そのきっかけは、

ニューヨーク行きの飛行機でさ、

 

自分のサッカーの写真を後ろで

見てたら、「サッカー好きなの?」て

隣に来た人が話かけてきて、

なぜか会話が弾んで、その人が

社交辞令的な感じで、

“サッカー辞めたらうちで働きなよ!”

って名刺くれたんだよね。

 

俺も馬鹿だから、それを

すぐに本気にしちゃって、

ニューヨーク滞在中に何も考えず

ノリと勢いで電話しちゃったよね。

 

もちろんダメもとだったけど、

電話したら一度会いましょうって

言ってくれて。

 

フォーマルな格好をして

オフィスに来てくださいって

言われたけど、黒のエアジョーダンの

スニーカーとダボダボの黒い

ジャケットきていった。w 

一応シャツだけは、GAPで

買っていったけど… 

 

そこでさっそく社長と面接して、

何が良くて社長が俺のこと

気に入ったのか分からないけど、

それでは内定だしますって。

 

 

U-KING― 1本の電話が人生決めたね。
濱田雄也(Hamada Yuya)

ほんとに。w

 

 

U-KING― いきなりきて英語とか大丈夫だったの?
濱田雄也(Hamada Yuya)

全然。

全く話せないから

最初電話とっても

言葉まったく出てこなかった。

隣にいた先輩から

何かしゃべれよって言われるけど、

ただ汗が出てくるばっかで。

 

採用の面接のときだって

敬語とかできなから、

「オレ」しかいえないから、

敬語を教えてもらって

面接にいったくらいだし。

 

旅行代理店で必須なエクセルとか

タイピングとかそんなのも

全くできなくて。

 

それどころかずっとサッカー

やってたから、オフィスにずっと

いることが牢屋にいれられた感じ。

ずっと体がそわそわしてたよ。

動きたくて。w

 

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2013年One Ball Run World, Inc.を立ち上げる

U-KING― なんでNPOを設立しようと思ったん?
濱田雄也(Hamada Yuya)

特にニューヨークで

サッカーしてるからだと思うけど、

サッカーボールの前では、

国境も人種も貧富も宗教も

関係ないし、ただサッカーに

夢中になってボールを追いかけてさ、

人と人が自然と繋がっていくんだよね。

 

そういうサッカーの可能性を

日々の生活を通して感じてい頃に、

自分のバックグラウンドを利用して、

世の中のために何ができないかな?

て考え始めてて、自分に深く

問いただしていったら自然と

NPOという方向に向かっていった。

 

サッカーの可能性や魅力をもっと

世の中に伝えていきたいって思いが一番強かった。

 

 

U-KING― どうしてOne Ball Run World?
濱田雄也(Hamada Yuya)

はじめはOne Ball one worldにしよう

と思ったんだけど、Googleでサーチ

してみたら、既にシアトルにそういう

会社あったんだ。 

 

Ballと Worldは、必ず入れたかったから、

OneをRunにするのはどうだ?て

ひらめいてさ、まさにRun for the world

じゃんと思って。 

 

俺、ヒップホップ好きなうえに

ラップしてるでしょう、OneとRunって

韻踏んでるんだよねぇ。ラッパーに

とってはこの踏み方はたまらない笑

 

 

U-KING― どんなことやってんの?
濱田雄也(Hamada Yuya)

今は手探りで、できることは何でも

トライしている。

フリースタイラーのプロモーション映像を

作ったり、日本からアメリカに

トライアウトにくる選手のサポートをしたり、

Facebook上でサッカーの魅力と可能性を

伝えたりしている。

 

時間があれば、自分でもパフォーマンスを

してるよ。もし良かったら映像をどうぞ! 

http://www.youtube.com/watch?v=5OiKQGkEcNU

 

 

U-KING― 斡旋エージェントの仕事ってやったことある?
濱田雄也(Hamada Yuya)

もちろんやったことないし、いまでも手探りだよ。

 

 

U-KING― どうやって斡旋エージェントの仕事を勉強したの?
濱田雄也(Hamada Yuya)

見様見真似でまずは行動を起こすタイプだから、

実践を通して勉強をしてるかなぁ。

そのようなタイプの本も読むけど、

あまり効果はないかも。

 

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野望『NIKEとのスポンサー契約 & FIFAとのコラボレーションを実現する。』

U-KING― ずばり、ゆうや君の野望は?
濱田雄也(Hamada Yuya)

『NIKEとのスポンサー契約 &

FIFAとのコラボレーションを実現する。』

 

そして、ゆくゆくはマンハッタンに

オフィスをもちたいよね。

そう考えたらいっぱいあるかも。

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生き方『Life is challenge!』

U-KING― 理想の生き方を教えて!
濱田雄也(Hamada Yuya)

サッカーだけに限らず、

日々の生活でも、常に

挑戦は続けていきたいよね。

 

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贈る言葉『いきなり世界でもいいと思うんだよね。』

U-KING― これからの挑戦者に是非一言!
濱田雄也(Hamada Yuya)

『勝負の場所は、いきなり

世界でもいいと思うんだよね。』

 

日本はJリーグにいけないと、

サッカーを辞めてしまう選手が

多いけど、 日本国内での評価だけで、

自分の可能性を潰してしまうのは

もったいないと思うんだよね。

 

たぶん、評価する人も海外のサッカーに

触れたこともない指導者がほとんど

だと思うし。 日本には才能ある選手が

沢山いるから、アマチュアや学生の

レベルからでも世界に挑戦できるような

きっかけを作っていければいいなと

思ってる。 

 

日本で通用してから、

世界に出るというのが主流だけど、

日本で評価されても、世界で評価されない

ケースは沢山あるからね。

 

可能性は無限大ですよ!

 

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濱田雄也(Hamada Yuya)

濱田雄也(Hamada Yuya) - 人生のストライカー(Age:33)
脱PAN年齢:24歳(,
海外出るとき捨てたもの:Jリーガー
ニューヨーク(在住経験地:, ,

今後の挑戦

  • 2013年 One Ball Run Worldを立ち上げる
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