大金持ちじゃなくてスーパー幸福男

米山紘史(Koji Yoneyama)米山紘史(Koji Yoneyama) - ジャズギタリスト
ギター一本片手にニューヨークに乗り込んできたジャズギタリスト米山紘史。 ニューヨークに来る前は日本でCDを出したり、3万人LIVEにでたり、ラジオ番組に出演したりと活躍していた。 そんな彼が日本を飛び出して、本場ニューヨークに乗り込んできた。 生活水準は明らかに下がり、決して生活は楽ではない彼だが、「音楽は大好きだけどもっと大事なことがある」それに気付かせてくれたニューヨークに、本当によかったと語る。 彼の激動のサバイバルライフをLIVE!

対談者:Dragon

Dragon

挑戦者(TAKUYAさん)の演奏をブルーノートに見に行ったとき出会ったこうじ。その後、結成した日の丸特攻隊にも勧誘。かなりの笑いのセンスをもつ逸材。厳しいジャズの世界で勝負をかけながらも、もっと自分に向いてるモノを探し続けるこの男を溜まり場に勧誘!

[公開日] 2013/03/06(最終更新:2017/01/10)

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23歳単身NYへ3ヶ月。全ての価値観がひっくり返る。

単身NYへ3ヶ月。全ての価値観がひっくり返る。
Dragon― なんでニューヨークいこうと思ったん?
米山紘史(Koji Yoneyama)

本場のジャズを体感したくてってのが

一番の理由ですね。

 

1年以内に1ヶ月だけ行こうって

決めましたが、スーパー銭湯で

友達に背中押されて4ヶ月後に

3ヶ月間行く事に決めました。

 

ロックをやめるのに未練はなかったん?

 

当時のバンドのボーカリストが

大きな事務所に所属することになって

解散って流れになったんすけど、

なんやろ~あんまり向いてへんなって

どこかで思ってたから

割とあっさりやめちゃいました笑

 

でももちろん今でも好きやから

機会あったらプレイしたいっすね。

 

ニューヨークにきて価値観変わった?

 

自分が思ってる以上に世界は自由やし

自分が思ってるより世界は狭かったすね!

 

ほんでNYは色んな人種が一同に集う場所なんで、

自分が日本人でアジア人なんやなって実感します。

自分の日本で培った常識なんか

何も通用せぇへんかったから

 

人がいればそんだけ考えがあるのと同じで

国という集団があればあるだけ

常識の数は存在するんやなぁって。

世界広がりましたね

チャリの乗り方覚えた時みたいな感じ。

あと車の免許とった時のあの感じ

 

24歳本格的にNYに活動場所を移す

本格的にNYに活動場所を移す
Dragon― 実際ニューヨークにきてよかった?
米山紘史(Koji Yoneyama)

めっちゃよかったっすね~人生変わった!

 

 

Dragon― 決意するまで迷うこととかなかった?
米山紘史(Koji Yoneyama)

う~ん忘れたな。。。

 

多分そんなに印象に

残ってないからそこまで

迷ってなかったんやと思います。

 

でも強く決意してからは

周りが本当に勝手にいい方向に動いて

導いてくれたので強く決意することは

本当に大切なことなんやって

身をもって実感しましたね。

 

 

Dragon― 生活しててきついこととかない?
米山紘史(Koji Yoneyama)

たくさんありますよ。

衣食住すべてにおいて

日本より質が下がります。

 

それに言葉の壁。

でもこんなん慣れですよね?

 

でも世界にはもっと大変な国もあるから

アメリカで特にNYなんて

全然便利やと思います!

 

 

Dragon― 英語とか問題ない?
米山紘史(Koji Yoneyama)

最近やっと少しずつ

困らなくなってきましたね。

 

始めは全部失敗!

毎日しゃべる、へこむ、

しゃべる、へこむ、の繰りかえし。

 

僕おしゃべりやのに

こっちきて無口なりました笑

音楽に国境ないって言葉信じて来たけど、

あれ趣味の範囲の話でした。

 

仕事するには言葉いりましたわぁ

 

25歳ジャズクラブに乗り込み即興セッション

ジャズクラブに乗り込み即興セッション
Dragon― セッションはじめて行ったときどんな気分だった?びびった?
米山紘史(Koji Yoneyama)

もうこれはビビりまくりましたね!

なんでこんな思いせなあかんのって笑

 

でも楽器持って夜中1人で

ジャズクラブ来ちゃったし、

っていうかNY来ちゃったし

ここで逃げたらあかん!っておもって。

 

めっちゃ体でかい黒人や白人の中に入って、

何の曲演奏するかも聞き取れないし

っていうか教えてもくれない時もよくある。

 

ほんで始まってから

それにあわせるみたいな

睨まれるわ、でかい声でなんか

叫ばれてるけどわからへんし、

もちろん惨敗でした。

 

でもまぁ、

そんな結果よりも始めてだったんで

そこに入って音出したってことで

すごく満足感ありました。

 

そこからはもう毎日楽器持って

夜中マンハッタンまで出かけて惨敗して

精神ボロボロで朝帰ってくるって生活でした。笑

野望『スーパー幸福男が野望です!!』

『スーパー幸福男が野望です!!』
Dragon― 野望があったら教えて
米山紘史(Koji Yoneyama)

自分の好きな人、 家族であれ友達であれ

自分の周りの自分が大好きな人を

本気で幸せにすることかな、全力で!

 

それと自分の能力が一番発揮できる場所で

発揮できることをすること。大好きな人に囲まれてるのが最高!

 

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なんでそう思ったん?

 

音楽を本気でするために NYに来たんですよ。

で、毎日もがいてもがいて。

ん~でもなんでやろ、

ある日疑ったこともないことを

疑い始めたんですよ。

「あれ、おれほんまに音楽好きかな?」 って。

 

そう考え始めてから

色んな分析を はじめていって

音楽の中でもここ好きやな

ここはあんまり好きじゃないなって。

 

ひとつでっかく”音楽”が好きって

”ジャズ”が好きって思ってたから、

細かく考えた事なかったんです。

というより考える必要がなかったんです。

 

でもそれを紐といて紐といて

自分の下を掘って掘ってしていってるうちに

一番根っこの部分に到達したんすよ。

「おれなんの為に生きてるんやろう?」

 

ほんで答えでました。

「あっ!幸せになるためや!!」

バッチーンきましたねコレ。

その為に音楽があるんや!

その為に友達がいるんや!って。

それに気づけてから

音楽は幸せになるための ひとつのピースなんやと。

 

仕事もそう。友達もそう。 自分を取り巻く全てがピース。

それらが全部あわさって幸せが完成する。

だから僕はスーパー大金持ちに

なろうとかええ車のったろうとか

てっぺんまで上り詰めてやろうとか

思わないです。

 

そんなんええから、自分にとっての幸せについて本気で考えてそれに忠実にいこうよって思います。

だからその為に 毎日頑張るって感じです。

十分な原動力になってます。

 

名前つけるんやったら

スーパー大金持ちじゃなくて

スーパー幸福男が野望です!!

 

うさんくさいっすね、これ笑

生き方『僕の好きな人たちを幸せにする。』

Dragon― どんな風に生きていきたい?
米山紘史(Koji Yoneyama)

僕の好きな人たちをみんな幸せにする。

その目的の為なら音楽、

ギターだけに留まらず自分の能力が

最大限活かせることなら何でもする。

 

贈る言葉『人にはその人しかできないことや 自分にピッタリの場所が必ずある』

Dragon― 世界に飛び出そうか迷ってる若者がいたら、こうじならなんて声をかける?
米山紘史(Koji Yoneyama)

視野や選択肢を増やす事は

本当の自分が発見しやすくなるということ。

 

人にはその人しかできないことや

自分にピッタリの場所が必ずある。

探す努力もせず、いまの生活に不満で

文句言ってる人はそれは当たり前の

結果やと思うんです。

 

イチローみたいにたまたま近くに野球があった。

それが自分の才能を活かせるものやった。

そんな人なら探さなくていい。

でもそんな人って世界で

どれだけおるんやろう0,000…….%

ぐらいの低い確率ちゃうんかな。

 

どれだけ時間かかるかわからへんけど

それはピンとくるまで

探し続けなあかんのちゃうかなぁ~

くすぶって、迷ってるなら

思い切って違うことしてみれば?

って思います。

 

それは日本にあるか

世界にあるかわからへんから、

もし努力して可能なんやったら

どっかピンと来たとこ行ってきたら?

そんな若者が増えることが

日本の未来に繋がると確信してます。

28歳3年間の人生どん底絶望期

3年間の人生どん底絶望期
Dragon― あれからどんな3年間どうだった?
米山紘史(Koji Yoneyama)

25-27歳はとにかく人生で一番辛かった。
名曲「金なし、地位なし、名誉なし」ができたのもちょうどこの頃。やりたいことなど一切できず、とにかくありとあらゆるNYの厳しさにやられ続けた。この期間に大恋愛から裏切り、金銭トラブルを始めバラエティに富んだ試練を経ることに成功。ちなみに初の日本ツアーも経た。

28歳
もがき続けた結果どん底脱出成功。米国アーティストビザ取得や、心機一転、新たなビジネスを立ち上げる。ちなみにプライベートでは「一人焼き肉」「一人ボーリング」は未経験だが、「一人カリブ海」を経る。

米山紘史(Koji Yoneyama)

米山紘史(Koji Yoneyama) - ジャズギタリスト(Age:29)
脱PAN年齢:24歳(,
ニューヨーク(在住経験地:, ,
,

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