メジャー歌手になる

平野睦一(Mutsukazu Hirano)平野睦一(Mutsukazu Hirano) - さすらい歌手
日本→オーストラリア→ニューヨーク→ヨーロッパ→沖縄→ニューヨーク→日本 日本人離れしたフットワークで世界中で生活をした平野睦一。 世界中で仕事をしながら、夢である歌手を目指し続けている。2011年、ニューヨークから日本へ戻り、現在もゴスペルクワイアとしてイベントなどで歌っている。 「いくつになろうが好きなことを続けたい」 そんな彼の真っ直ぐでぶれない生き方をLIVE!

対談者:Dragon

Dragon

プリズン仲間。1年半、地下室で生活でしていて、そのルームメイトの一人がむつさんだった。すごい腰がひくて、めちゃいい人、酒好きで毎日ビール飲んでた。歌が大好きで何度もニューヨークに通い続けた、不屈の男。溜まり場に勧誘!

[公開日] 2012/12/28(最終更新:2015/05/28)

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11歳ミュージシャンを志す。

Dragon― 歌手を目指し始めたきっかけは何だったんですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

姉が聴いていたアマライアキャリーと

ドリカムを聴いて音楽は素晴らしいと思ってね。

 

それと誕生日に母からもらった

B’zとチャゲ&飛鳥のカセットテープを聞いて

将来はミュージシャンになる事を決めたんだ。

 

小学校の卒業文集に

”将来はバンドを組んで世界中を飛びまわっている”

と書いたよね。w

18歳6年間の大学生活。

6年間の大学生活。
Dragon― 大学二年も休学したんですか???
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

うん。

大学入ってすぐ奨学金使って

オーストラリアに行ったんだけど、

そこで海外で英語を学ぶ楽しさを

肌で感じたんだ。

 

だから大学三年生になる時に

大学二年間休学。

一年間はアルバイト、

もう一年は貯めたお金でニューヨークに

留学をしたんだ。

 

そこであの絢香にも教えた

ボイストレーナーのビバリーに会って、

本格的にレッスンがスタートしたよ。

22歳帰国。

Dragon― 帰国してからはどうしたんですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

一年後日本に帰国してからも

大学に行きながらオーディションを受けてたよ。

 

でも厳しかったね。

その間、アメリカ人が運営する

ゴスペルクワイアに加わって

ゴスペルも学んでたりもしてたよ。

 

24歳フロリダのディズニーで10ヶ月働く。

フロリダのディズニーで10ヶ月働く。
Dragon― ディズニーで働けるんですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

そういうプログラムがあるんだよね。

大学卒業後、もう一度アメリカに行きたいのと

エンターテイメントを学びたくてね。

 

フロリダ州オーランドのwalt Disney world、

で10ヶ月間勤めたんだ。 ディズニーで働きながら、

一ヶ月に一回はニューヨーク行ってたよ。

そこでまたビバリーに

ボイストレーニングをしてもらってたんだ。

27歳ニューヨーク再来米。

ニューヨーク再来米。
Dragon― どうしてまたニューヨークへ?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

半年間沖縄いったときに

本当精神的に元気なくなってたんだよね。

歌もずっと歌ってなかったし。

 

それで東京へ戻ることにして、

改めてゴスペルチームに参加したら、

音楽の素晴らしさをもう一度感じて。

 

 

それで再度歌手を目指して、

ニューヨークに戻ったんだ。

5ヶ月間ビバリーの元で

徹底的にボイストレーニングを学んで

レコーディングに励んだ。

 

マンハッタンの日本食レストランの

ウェイターしながらね。

27歳日本へ帰国。

Dragon― 帰国日にオーディションでしたよね?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

そうだね。

竜也くんとたまたま同じ飛行機だったもんね。w

あの日にオーディションがあって、

それから一次、ニ次と合格できたんだよね。

 

いまは音楽の事務所に入り

デビューする為の楽曲を製作中だよ!

27歳現在デビュー曲を製作中。 プロカメラマンでもある。

Dragon― 歌手の道ってめちゃくちゃ厳しいっすよね。あきらめようと思った事はないんですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

 そりゃ大変だったとこはいっぱいあるよ。

自分の歌がへたくそって思ったときは

めっちゃへこむしね。

でも辞めたいとおもったことはないよね!

28歳ゴスペルニューヨークツアー

ゴスペルニューヨークツアー
Dragon― ツアーはどうでした?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

ニューヨークツアーでは、

まず最初にニュージャージーの教会の

ゴスペルのイベントに

俺らのゴスペルチームが参加したよ。

 

沢山の有名なゴスペルシンガーが来てて、

こんな有名なイベントで

有名なゴスペルシンガーの方達の前で

歌うなんて凄く緊張したし、身体は震えたよ。

 

正直、僕はほとんどの日本人が

宗教をもたない人種なのに、

アメリカの教会でゴスペルを歌うなんて

ブーイングがくるんじゃないかって

思ってたんだよね。

 

だけど僕たちの歌声を聞いて

アフリカ系アメリカ人の方達が

喜んでくれて立ち上がって、涙してくれたよ!

 

まさかここまで盛り上がるとは

思わなかったからビックリした。

その後現地のTV局にインタビューされて

写真も撮られたよ(笑)

 

その後はハーレムで二つの教会に行って

三回舞台で歌ったよ!

そこでも本場のハーレムで日本人が歌うなんて

笑われるかもしれないっていう不安があった…

 

その教会ではヨーロッパから

ニューヨークにくる観光客がツアーで

ゴスペルを聞きに来てて

ヨーロッパ人も沢山来てたよ。

 

それにこの教会で

日本人が歌うのは始めてだったらしい。

だけど、僕達のゴスペルを聞いて皆が立ち上がって、

手を叩いて、泣いてくれたよ。

 

あれは本当に嬉しかった‼

終わった後、しばらく身体の震えが

止まらなかった(笑)

 

その教会の方達が

僕達の事を凄く気に入ってくれて、

夜の礼拝にもぜひ歌ってほしいって

言われて急遽歌うことになったよ。

 

夜は2曲歌ったんだけど、

感動して泣きながら歌ったんだ!

 

ゴスペルのニューヨークツアーが

終わった後は日本でまた詞を書き続けてるよ!

野望『メジャー歌手になる』

Dragon― やっぱりメジャー歌手になりたいんですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

やっぱりお金も大事だけど

まずメジャーになりたいよね。

 

好きな音楽をこつこつやって、

ずっと続けていけたらいいな。

生き方『歌だけで生きていけるようにはなりたい!』

Dragon― 将来どんな生き方できたら理想ですか?
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

歌だけで生きていけるようにはなりたい!

 

人が決めた事は

失敗した時にきっと後悔する。

でも自分で決めたことに対しては

絶対後悔はしないからね。

贈る言葉『行動することから始めてほしい‼』

『行動することから始めてほしい‼』
Dragon― 海外へ一歩踏み出そうか迷ってるいる日本の若者へ
平野睦一(Mutsukazu Hirano)

ニューヨークに行きたいと

思ってる方達に一言言わせて頂けるなら、

迷ってないで行動してみたら

絶対何かが見えてくるし、

やりたい事がみつかると思う。

 

まずは行動することから始めてほしい‼

ニューヨークは自分自身が

見つかる場所ですって言いたいです。

 

22歳で始めてニューヨークにきてから

ライブハウスで歌ってから、

いつかまたニューヨークの舞台で

歌うんだって自分の中で目標をつくってた。

 

こうしてまたニューヨークで

歌えてすごく幸せだよ。

何年もお世話になってて、

俺に歌を教えてくれた歌の先生の

ビバリー に凄く感謝してるよ!

 

いつかまたニューヨークで歌いたい‼

 

 

今は毎日毎日詞を書き続けてるよ!

何年かかるかわからないけど、

努力すればするほど後から

結果はついてくると思う!

 

周りがなんと言おうと

今は踏ん張って頑張る時だと思ってる‼

平野睦一(Mutsukazu Hirano)

平野睦一(Mutsukazu Hirano) - さすらい歌手(Age:33)
脱PAN年齢:21歳(, ,
東京(在住経験地:, , ,
,

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