子ども達が笑顔で自分の描く夢を追えるような世の中にしたい

原ゆかり(Yukari Hara)原ゆかり(Yukari Hara) - 外務省/My Dream.org代表
外務省で働く現役女性官僚、はらゆかりさん。 「子ども達が笑顔で自分の描く夢を追えるような世の中にしたい」という夢をもつ彼女は、2012年にガーナの村にMy Dream幼稚園設立した。 スリランカ、ミャンマー、カンボジア、ネパール、ガーナと世界の紛争地域や貧困地域を生で見てきた彼女は、現在ニューヨークのコロンビア大学で国際保健を学んでいる。かなりの子ども好きで、ひそかに日本の保育士資格もとろうとしている彼女。 やると決めたらとことんやる。 そんな負けず嫌いで、ずば抜けた実行力をもつ、若き女性官僚の生き様をLIVE!

対談者:Dragon

Dragon

友人宅にて知り合ったハラちゃん。帰りにピザ屋で話してたら面白くて、そのまま溜まり場に勧誘!その後わかったことだが、彼女はNYに来る前に日本から物件探しをしていて、その対応を俺がしていた。LiveCollectionをニューヨークに来る前にたまたま見てくれていた。縁、恐るべし。

[公開日] 2013/03/04(最終更新:2017/01/10)

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16歳高松大学英語弁論大会で優勝

Dragon― 昔から英語できたんだ?
原ゆかり(Yukari Hara)

これ年表に入れようか迷ったんです。w

 

そんな全然たいしたことありません。

今も頑張って勉強してる最中です。

でも英語は中学のときからずっと、

地元の英会話スクールで習ってました。

 

 

Dragon― 高校でもうカナダにいってるもんね
原ゆかり(Yukari Hara)

英会話スクールの先生の一人が

ネイティブの カナダ人だったんです。

そこの先生たちがずっと

留学をすすめてくれて、

それもアメリカではなくカナダに。w

 

だから段々留学したいなって

思うようになって

大学もカナダに行こうって決めてたんです。

 

そしたら父に、

むこうの大学は どうせ9月入学なんだから、

日本の大学に半年でもいってみたら

ってすすめられて。

 

それで東京外国語大学に入ったら

楽しくなっちゃって。

カナダの大学は入試も手続きも全部終えて

後は行くだけだったんですけどね。

 

日本の大学で出来る事、

やりたい事があるって気がついて、

どうしても今留学しなくちゃいけない

理由が見当たらなくなってしまって。

 

留学準備とかで支えてくれてた

先生たちにはとんだ迷惑をかけました。

でも、世界に目を向けさせてくれた

先生たちには感謝してます

19歳NYで開催されるModel United Nations Conferenceに参加

NYで開催されるModel United Nations Conferenceに参加
Dragon― 国連の会議に参加してたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

違いますw

なんか国連のジュニア版みたいな感じ。

 

世界中から大学生が集まってきて、

それぞれ自分の国とは違う国を

割り当てられ

決まったテーマに基づいて

議論するみたいなイベントがあるんです。

 

ニューヨークの国連に

集まってやるんですけど

数千人単位で集まってましたよ。

 

 

Dragon― 参加するのは難しいの?
原ゆかり(Yukari Hara)

私が行ったのは選考を受けて、

日本代表団に入って・・・ って

いう形だったんですけど、

個人資格でも参加できるし、

ニューヨーク以外でも

世界各国で開催されてますよ。

20歳内閣府から、ミャンマーへの青年親善大使の一員として派遣

内閣府から、ミャンマーへの青年親善大使の一員として派遣
Dragon― ミャンマーの治安は大丈夫でした?
原ゆかり(Yukari Hara)

私がいったときはちょうど

お坊さんたちのデモが

少しずつ大きくなりかけてたとき。

銃を持った軍隊が街中にいるから

逆に安全でした。

 

そういう治安のよさもあるんだって

学びました。

 

でも私が日本に帰った数日後に

日本人のジャーナリストの方が

亡くなってしまったんですけど。

愛媛の同じ高校の人だったので

とても他人事には思えなくて。。

 

 

Dragon― 3週間行ってみてどうでした?
原ゆかり(Yukari Hara)

すごくよかった。

ミャンマーは仏教が本当に

浸透しているんです。

 

ある年齢になると、

仏教徒はみんな修行を

積まないといけないんです。

そのときに、托鉢っていうんですけど、

街中を歩いて人から食べ物を

集めて歩くんですね。

 

街の人たちにとっても、

お坊さんに食事を用意するのは普通のこと。

 

そういう感覚があってか、

人に何かを与えることが

自然にできるんです。

 

いくら軍隊が好き勝手してても

我慢していれば、

次に生まれ変わったときには

幸せになれるって考えます。

だからあんな大規模なデモが起こるって

よっぽどだったんだと思います

21歳国家一種試験合格

Dragon― 国家一種の資格はずっととろうと思ってたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

最初は選択肢にすらなかった。

私が住んでた愛媛の地元の本屋には

国家一種の教材も

置いてなかったくらいですから。

 

大学に入ってからですね。

それまではあまり

考えたことなかったんですけど

周りの子たちが国家一種の勉強とか始めてて

そこから身近になってきて。

私にもできるかもって。

 

 

Dragon― でもめっちゃ勉強したんでしょ?
原ゆかり(Yukari Hara)

めちゃくちゃ勉強しました。

受かったときは本当に嬉しかったです。

もー家族も親戚も友達も揃って大騒ぎ。

 

22歳外務省入省、国連政策課にて勤務

外務省入省、国連政策課にて勤務
Dragon― どうして外務省に入ろうと思ったの?
原ゆかり(Yukari Hara)

大学時代に国連とか、外務省とか、NGOとか、

似たような目標を掲げながら、

いろんな立場で場所で働く人たちから

話を聞く機会が結構あったんです。

 

みなさんそれぞれ、

例えば、世界の子どもたちが

夢をあきらめずに生きていくには

どうしたらいいかって考えてるんだけど、

本部の人は現場の人の文句をいうし

現場の人は本部の人の文句をいってる。

お互いに「あいつらは分かってない」って。

 

それがなんかすごく嫌で。

そういうギャップを埋める役割の果たせる

人間になれないかなと思って。

 

あとは正直な話、

NGOやボランティアとかなら

後になってできるかもしれないけど、

外務省に入るのは今じゃないと

難しいと思うからそういうのも

正直ありましたね。

 

まずは学生のときから「うーん」と

思うことの多かった

外務省っていう組織で働いてみて、

そこで自分に何が出来るのかを考えたかったし。

 

 

Dragon― 実際外務省ではどんな仕事をしてたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

国連の安保理を担当してる部署にいて、

安保理の会議に日本が参加してた頃は、

スピーチの準備をしたり。

あとは、安保理改革についての

パンフレットを作ったり。

 

平和構築とかをテーマにした

イベントの準備をしたりすることもありました。

 

 

Dragon― 夜は結構遅いんだっけ?
原ゆかり(Yukari Hara)

結構遅い。肌荒れしまくりですよ。

遅いのにはいろいろ理由があって、

北朝鮮との関係で何かあると

突発的に忙しくなったり、

国連で大きな会議があって

その準備で忙しいこともあったんですけど、

多かったのは国会対応。

 

政治家さんの国会答弁の

資料作りを手伝ったりしてました。

日付の変わる数時間前とかに、

翌日の国会での質問が

議員さんから提出されて、そこから、

それに対する回答用の資料を用意してって

いわれるんです。

 

会議は次の日の朝からあったりするんで、

そこから急いでまとめて、

提出しないといけない。

 

それも完成までに省内で

何人もの人の目を通さないといけないから

修正が来る度になおしてなおして。

終電で帰れたらいいほうでした。

 

 

Dragon― でも給料いいんでしょ?w
原ゆかり(Yukari Hara)

実はそうでもないですよ。

めっちゃ残業が多かったときに、

いっかい時給計算してみたんですけど、

500円くらいでした。w

 

とある企業につとめる友人の給料聞いて、

泣きそうになったことがあります。w

とはいえ、留学までさせてもらっていることを思うと

相当恵まれてますよね。

 

22歳スリランカ旅行中、国内避難民キャンプを視察

スリランカ旅行中、国内避難民キャンプを視察
Dragon― なんでまた避難民キャンプに?w
原ゆかり(Yukari Hara)

やっぱり紛争が終わったばかりの国が

どうなってるか興味があったんです。

 

スリランカは大きく二つの民族に分かれてて

紛争がずっとあったんですね。

私はその紛争から逃げてきた

人達のいるキャンプにいきました。

 

最初は避難するために来たものの、

20年も住んでたら、

そこが生活の基盤になってきますよね。

子ども、孫にとってはそこが故郷になって、

紛争が終わっても戻れない、

そんな状況になってました。

 

 

Dragon― 危険じゃないの?
原ゆかり(Yukari Hara)

もう紛争は終わってましたし、

私が行った地域は激戦地域じゃなかったんで、

大丈夫でした。

 

本当はもっと行きたい地域も

あったんですが、

そっちの方が危険度の高いエリアで

当然のことながら、

省からダメだって言われたんですけどね。w

24歳Mailman School of Public Health, Columbia University入学、国際保健の勉強を本格的に始める

Mailman School of Public Health, Columbia University入学、国際保健の勉強を本格的に始める

25歳ガーナにて半年間、NGO(Africa 2000 Network)とUNICEFにてインターン

ガーナにて半年間、NGO(Africa 2000 Network)とUNICEFにてインターン
Dragon― 在学中にインターンできるんだ!
原ゆかり(Yukari Hara)

コロンビア大学に2年間通う間、

半年間の海外インターンプログラムがあって。

卒業するのに必須なんですよ。

でもどこに行くか、とか

そこで何をするか、とかは

基本的に自分で好きに選べるんです。

途上国っていう縛りはあるんですけどね。

 

 

Dragon― じゃぁどうしてガーナを選んだの? 
原ゆかり(Yukari Hara)

どうせならアフリカ行ってみたいなって。

それだけですw

 

あと、ソーシャルビジネスとか

官民連携の取り組みとかにも関心があって。

そうなるとある程度インフラとか

整ってる地域になってくる。

 

ガーナはアフリカの中でも

かなり生活水準は高い方だと思うんですよね。

あとは、ガーナで働いてたことのある

知り合いがいたことが大きかったですね。

 

 

Dragon― ガーナではどんなことしてたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

前半はNGO、後半はUNICEFで

インターンさせてもらいました。

 

NGOは都会とは離れた村での勤務で、

斡旋してくれた住居もシャワーがなくていつも

バケツに水入れてかぶってましたね。

今ではバケツ一杯でちゃんと入浴できますよ!

 

 

Dragon― 生活きつっ!NGOでは具体的に何をしてたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

シアバターっていう、

日本では保湿クリームとかに

入ってる原料を手作りしてる女性たちと

一緒に働いてました。

 

どうすればもっとシアバターを売って、

収入を増やして、生活を善くしていけるか

そんなことをNGOの人たちと

一緒になって考えてました。

 

その中で村の女性達50人に

インタビューをしました。

もしお金がたまったら何に使いたい?って。

 

 

Dragon― 英語でインタビューしたの?
原ゆかり(Yukari Hara)

実はガーナは言語が70もあって、

村によっても言語が違ってたりするんです。

でもその村の人の中にたまたま

英語が少しは話せる人がいたので

その人に通訳してもらいました。

 

それで

もしお金がたまったら何に使いたい?

って聞いてみたらほとんどが

子どもに教育を受けさせたいだったんですよ。

 

 

Dragon― アフリカの貧困エリアって 家族のために子どもに 出稼ぎさせるってイメージだったけど 教育させたいって思いも強いんだ?
原ゆかり(Yukari Hara)

特に女性は!

やっぱりいい教育を受けて

世界へ出て、帰ってきて成功してる

ガーナ人とかも知ってるから、

生活を善くするために教育を受けさせたいってのも

あるんだと思います。

 

26歳ガーナの村にMy Dream幼稚園設立

ガーナの村にMy Dream幼稚園設立
Dragon― それで自分でホームページつくってファンド・レイジングしたんだよね
原ゆかり(Yukari Hara)

そうです。

幼稚園つくるのにこっちでは

3000㌦くらいなんです。

 

だからとりあえず作ったことないけど

なんとかホームページつくってみて、

それで募金をつのりました。

 

 

Dragon― ちゃんと集まったの?
原ゆかり(Yukari Hara)

家族や、友達、友達のご家族、

いろいろ方のご協力のおかげで

なんとか集まりました。

本当に感謝です!

 

これからも学校の様子、

子ども達の様子をちゃんと

募金してくれた人に

届けていけたらなって思ってます。

 

 

Dragon― 行動力はんぱないね!もう生徒はいる?
原ゆかり(Yukari Hara)

150人くらいいますよ。

まだまだ足りない備品があったり

いろいろと問題はあったりするけど

村の人々がみんなで

お金を出し合って なんとかしています。

 

初めはまたファンド・レイジングを

しようとも 思いましたが、

今の感じで村の人達が自分たちで

なんとか調達していくことのほうが

健全なのかなって思って

今は見守るときかなって思ってます。

 

今も毎週連絡取り合ってます

 

 

Dragon― ぶっちゃけガーナって危いんじゃない?
原ゆかり(Yukari Hara)

ガーナの中でも首都と村では

けっこう違うんです。

首都と比べて田舎の村は

外国人がほんとうに珍しいらしく、

すごくやさしくしてくれます。

 

首都にも3ヶ月いったんですけど

田舎と比べて外国人が多い分、

外国人を狙った犯罪がやっぱり多い。

 

だから首都にいたころは

セキュリティがしっかりした住居に

住んでいたんですけど

本当に家賃が高くて。

 

ふつーのドアマンビルとか

3000㌦とかして。

 

 

Dragon― たかっ!ニューヨークみたいだね。。
原ゆかり(Yukari Hara)

そう。

だから私はそういうビルの清掃員が

泊まるような狭い場所を

紹介してもらってそこに住んでました。

 

それに比べると田舎は

比較的安全な気がしました。

住んでた近くにいつも

誰かがいてくれたって いうのも

ありますけどね。

 

父がガーナまで来てくれたんですけど

本当に彼らにとって外国人は珍しいらしく、

幼稚園を建てた村では、

父に伝統衣装やホロホロ鶏、

ヤムイモとか プレゼントしてました。

 

私をここへ来させてくれてありがとう、

って 私よりも父に感謝してましたw

26歳大学院卒業後、願わくばアフリカの大使館で勤務予定

大学院卒業後、願わくばアフリカの大使館で勤務予定
Dragon― やっぱりアフリカなんだ。
原ゆかり(Yukari Hara)

子ども達の笑顔が本当にすてきなんです。

世界の多くの人達に届く何かを実現するには

政策にして大きく動くのが

やっぱり効果的なんだと思うんです。

 

でもガーナにいってみて、

目の前の子ども達が喜んでくれるのをみて

私は目の前の身近な人達を

幸せにすることのほうが、

好きなのかな、向いてるのかなって

思うようにもなりました。

 

いまだにどっちなのかなって

ずっと考えてます。

 

 

Dragon― 子どもが好きなんだね。
原ゆかり(Yukari Hara)

大好き。

一つの下の妹がいるんですけど

一歳のときから妹をかわいがってた

くらいですから。

 

 

Dragon― そんなころの記憶ないでしょw
原ゆかり(Yukari Hara)

親がいってました、

引きずり回してたって。w

でも本当に子どもは好きです!

 

 

Dragon― もし海外に目を向けてなかったら保母さんとか天職っぽいね。
原ゆかり(Yukari Hara)

そう! 保母さんになりたかったんです。

っていまでも保母さんの資格とろうと

思ってますよ。

 

働きながら受験して、

一回落ちましたけど。

 

 

Dragon― 国家1種受かったのに保母さん落ちるんですか?w
原ゆかり(Yukari Hara)

保母さんの試験、かなり難しいんです。

8つも試験科目あって、

それに受かったら実技も。

 

 

Dragon― 国家1種とった人に怒られますよw
原ゆかり(Yukari Hara)

w

でもまた受けます。

これから世界でやっていくとしても

その知識はむだにはならないと思いますし。

 

いまの大学での授業にも役にたってますから。

いつか、自分の育児にも役立つかもしれないし?w

野望『子ども達が笑顔で自分の描く夢を追えるような世の中にしたい』

Dragon― その野望を描いた理由、きっかけはなんだったの?
原ゆかり(Yukari Hara)

中学生のときにテレビで見た

フィリピンのゴミ山で生きる女の子の姿を

8つ下の妹と重ねちゃって、

純粋に嫌だと思ったことかなぁ。

生き方『夢を追い続ける生き方がしたい。』

Dragon― 将来どういう風に生きていけたら理想?
原ゆかり(Yukari Hara)

目標を軸に、現実的な目を持ちながらも

夢を追い続ける生き方がしたい。

大切な人たちをちゃんと

大切にしながら生きていきたいな。

贈る言葉『思い切って飛び込んでみればいい、』

『思い切って飛び込んでみればいい、』
Dragon― いま自分の夢(もしくは海外)に向かって一歩踏み出そうか迷ってる若者がいたらハラちゃんなんて声をかける?
原ゆかり(Yukari Hara)

迷うほどその選択肢に魅力を感じるなら、

思い切って飛び込んでみればいい、

もしも違ったなと思ったら軌道修正すればいい、

失敗から学ぶから人は成長できるんだと思う!

原ゆかり(Yukari Hara)

原ゆかり(Yukari Hara) - 外務省/My Dream.org代表(Age:31)
脱PAN年齢:24歳
ガーナ(在住経験地:, , , , ,
,

今後の挑戦

  • 2013年 改めてアフリカ進出する
  • 2015年 東京に戻って日本の国際協力の政策立案に携わる
  • 2050年 めっちゃあったかい幼稚園/学校作って子どもたちと過ごす老後
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