中華圏と日本の架け橋になりたい!

木下研生(Kensei Kinoshita)木下研生(Kensei Kinoshita) - 特攻就活
2012年、大好きだったリクルートを辞め、現在、北京の会社にてマーケティングの仕事に携わっている、木下研生さん。 18歳から中国語の勉強を開始し、22歳で愛知県の中国語スピーチコンテストで優勝。全国大会へも出た。 中国で働くことをずっと目標としてきた彼は、リクルートでの海外展開を待つという選択肢もあるなか、”待つのは自分らしくない”との理由で、退職を決意。 その足で中国へ飛び出し、自力での就活の末、見事、就職先を決めて帰国した。 就活はナビだけじゃない。就職先は日本だけじゃない。”待つ”のではなく”つかみとる” 彼の行動力は、新しい就活、生き方を提示してくれている気がする。 野望に向かって一歩踏み出したけんせいさんの折れない生き様をLIVE! 

対談者:Dragon

Dragon

名古屋にいたときの友人。当時リクルートで働いて彼は、中国で働きたいと熱く語っていた。そんな彼はついに会社をやめ、自分の足で中国へ出向き、そこから就職先を見つけ、現在念願の北京で働いている。「特攻就活」。そんなチャレンジングな就活もあるのかと衝撃を受け、溜まり場に勧誘。

[公開日] 2013/02/18(最終更新:2015/08/07)

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18歳中国語が学べる名古屋外国語大学へ

Dragon― どうして中国に興味をもったんですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

三国志が好きだったのと、

親父にこれからは中国だ!と言われて。

 

大学中には高級中華料理で働いたし、

中国国内を色々と旅行してたね!

22歳愛知県の中国語スピーチコンテスト優勝。全国大会へ参加

Dragon― 中国語はどうやって学ばれたんですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

中国語はとにかく触れる量。

喋る聞く書く読む全て。

個人的にはリスニングして、

文章を見ずに書き写すやり方が

一番力がついたと思う。

 

手っ取り早くマスターしたい人は

異性の友達とか彼女を作る

と早いだろうね笑。

 

 

Dragon― 中国語が話せて何か見える世界ってありますか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

見える世界としては、

現地の文献が読めること、

ことわざなどから

社会が見えることかな。

 

今、中国版ツイッターの微博という

SNSのマーケティングの本読んでるよ!

22歳やる気満々だったが、営業とメーカー気質に合わず挫折。大卒だが、高卒レベルの待遇にまでに降格。毎日不良品の振り分けやダンボールの梱包など単純作業をしていた。

やる気満々だったが、営業とメーカー気質に合わず挫折。大卒だが、高卒レベルの待遇にまでに降格。毎日不良品の振り分けやダンボールの梱包など単純作業をしていた。
Dragon― 段ボールの単純作業をやってたときはどんな思いだったんですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

みじめだったたねー。

耐えるしかないと思ってて。

 

大学卒業して

ガンガン営業やって

経験積んで中国行くぞって

気持ちで会社に入ったから、

その落差は激しかったよ。

 

でもこの時期に

色々な人の自伝を読んで

どんな人も挫折やみじめな経験をしった。

 

この時期に心を整えるじゃないけど、

どうやったらストレスを

コントロールできるか

自分なりに身につけれたと思う。

 

この時の気持ちを忘れないためにも、

今でもその会社の部品を

カバンに入れてます笑。

28歳リクルートを退社

Dragon― なんで好きだったリクルートをやめたんですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

やっぱり若いうち(30歳まで)に

海外での仕事に挑戦したかったから。

 

リクルートにそのままいて、

海外展開を待つ方法も

取れたかもしれないけど、

 

いつになるのかもわからないし、

主体的じゃなくて

自分らしくないと思った。

 

さらに今は家族も健康だし、

奥さんもいないということで

特に縛られるものがない

 

今がチャンスだとも思ったね!

 

28歳2週間中国に乗り込んで就活。PR会社のベクトルから内定。北京在住

2週間中国に乗り込んで就活。PR会社のベクトルから内定。北京在住
Dragon― どうやって北京の会社を見つけたんですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

中国にある日系の転職会社で

トップハンティング専門の人材会社から

中国のローカルの人材会社まで

ありとあらゆる手段使ったよ!

 

自分でも検索したり

業界誌読んだりして

面白そうな会社があれば

人材募集してなくても

電話で面接してくれって言ったしね。

 

 

Dragon― 実際に北京で仕事を始められてどうですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

本当にサバイバル。

前提条件から日本と大きく違うよ。

 

ネットは検閲が入るから

Googleの動き遅いし、

SNS,動画サイト、 ブログなどは見れないしね。

対策あるけど!

 

空気も悪くて死人が多く出てるし、

気候もいつもマイナス。乾燥もひどい。

食も本当に安心なのかよくわからない。w

 

中国人スタッフとの労働観の違い、

社内政治、業界の常識の違いや

営業の仕方の違いなどなど

書き出せばきりがないけど、

これらを乗り越えて中国で ローカル企業から

発注貰えるようになったり、 モノを効率よく広め、

売れる方法を知れたら

多くの人に貢献できると思う。

 

今は誰もが出来る

経験じゃないと思うから、

壁は多いけど乗り越えたいね!

野望『アジア、特に中華圏と日本の架け橋になりたいですね。』

『アジア、特に中華圏と日本の架け橋になりたいですね。』
Dragon― 将来の野望はありますか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

アジア、特に中華圏と日本の架け橋になりたい!

 

具体的に言うと自分の地元を始め、

全国の地方自治体の観光や特産を

中国台湾などアジアに広める

PRなどの仕事がしたいね。

日本の文化を広めるとか最高。

実は最近東北の復興に関して

そうゆう仕事をしたんだけど、最高だった。

 

もっとこうゆう仕事に携わっていきたい。

また、逆に中国、台湾の良いモノを

日本で広めるというのも良いなと思ってるよ!

理想の生き方『社会に貢献し続ける生き方がしたい! 』

Dragon― どんな生き方が理想ですか?
木下研生(Kensei Kinoshita)

アジアを舞台にして、

自分の才能を120%活かして、

社会に貢献し続ける生き方がしたい。

 

自分らしさに忠実に生きたいね。

 

多く実績を残し業界に貢献して、

おじいちゃんはこんな仕事をして

社会に貢献したんだぞって

孫に言いたい。

 

何十年後かわからないけどね笑。

好きな言葉は

『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』

『一隅を照らす是正に国宝也』

贈る言葉乗り越えてください!

乗り越えてください!
Dragon― 『今世界への一歩を踏み出そうか迷ってる若者がいたら何て言葉をかけたいですか?』
木下研生(Kensei Kinoshita)

自分の心の声を聞く努力をして、

それでも海外に行きたいって

思ったら行くべきだと思います。

 

チャレンジしない後悔は一生残ります。

周りの視線や自分のプライドとか

色々あると思いますが、

乗り越えてください!

木下研生(Kensei Kinoshita)

木下研生(Kensei Kinoshita) - 特攻就活(Age:33)
脱PAN年齢:28歳(,
海外出るとき捨てたもの:サラリーマン
北京(在住経験地:, , ,
,

今後の挑戦

  • 2014年 中国でのPR成功事例を多く作っていく。地元メディアから取材される。
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